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学生でも分かる資金調達・資本政策のポイントー第4回 ビジネスモデルとファイナンスの相性-

連載を予定している内容

本コラムを担当している下平です。DIMENSIONチームでは高校生~大学生のみなさんにも積極的に出資をしていますが、若い皆さんにとって、株式、融資、資本政策等の用語は、とっつきづらく分かりづらいことが多いのではないでしょうか。本稿では、複数回にわたって、以下のような資本政策、資金調達の基本的な知識や考え方についてお伝えします。

 ・創業期の資金調達にはどのような種類、オプションがあるのか ⇒第1回
 ・創業者の持分が希釈化していくことの意味、リアル ⇒第2回
 ・融資と株式でハイブリッドで調達し希釈化を避けることの重要性 ⇒第3回
 ・自社のビジョン、ビジネスモデルにあった最適な資金調達の手段の考え方 ⇒今回
 ・資本政策の考え方
 ・資本政策表の読み方、作り方
 ・初回調達の適切な契約スキーム(J-KISS、みなし優先株、転換社債型新株予約権、普通株式、優先株式)とは
 ・資金調達の手続と契約
 ・金融機関、株主との継続的なコミュニケーションの方法

若い方でも理解が進むように、基本的な用語の定義やお薦めの書籍についても紹介しながら、お伝えしていきます。

今回取り上げる内容について

前回まで、資金調達の種類(第1回)株式の希釈化の意味(第2回)エクイティとデットを両方活用することの重要性(第3回)について、説明してきました。

今回から数回にわたって、ファイナンスに関する基本的な理論やベンチャーキャピタルから資金調達をすることのファイナンス理論の観点の意義、留意点について解説をします。

今回は、ファイナンス理論の基本的な概念について説明をします。理屈っぽい話がメインとなりますが、ファイナンス理論における基本となる考え方ですので、お付き合いいただければと思います。

リスクプレミアムという考え方

ファイナンスにおける基本的な考え方として、「ハイリスク・ハイリターンの原則」があります。投資のリスクが高いのであれば、リスクの高さに応じて高いリターンを求めるという考え方です。

さまざまな投資対象のなかで、もっとも投資リスクが低いといわれている資産が「国債」です。「国債」とは国が発行する債券のことです。国債を購入するということはつまり、国に一定期間お金を貸すことを意味します。国が破綻することはめったにありませんので(少なくとも会社よりも破綻の頻度は少ないでしょう)、国債はリスクなしの投資対象とされます(但し、本当にリスクがないかは疑義があるところだと思います)。

国債に投資する場合のようにリスクがない場合、投資家が要求する投資リターンを「リスクフリーレート」(=リスクがない場合の期待リターンのこと)といいます。

リスクフリーレートとしては、日本では「長期国債10年物」の利回りを使用するのが一般的です。10年物の国債は流動性が高い=頻繁に取引されており利率の信頼性が高いとされているからです。IR協議会などの調査結果によれば、2020年ではリスクフリーレートの平均値は0.34%程度とされています。

次に「リスクプレミアム」という考え方があります。ある会社の社債や株式に投資する場合、当然ですが、国債よりもリスクが高い投資となります。会社が倒産すれば、社債は返済されず、株式も価値がなくなるからです。したがって、ハイリスク・ハイリターンの原則から、国債に投資するよりも、社債や株式に投資する場合の方がリターンの要求水準は高くなり、リスクフリーレート以上の投資リターンが求められます。

このように、リスクフリーレート以上に投資家が要求するリターンを「リスクプレミアム」と言います。リスクプレミアムはリスクテイクの報酬であり、この報酬があるからこそ、投資家はリスクを取る意思決定ができます。

国債以外の投資において求めるリターン= リスクフリーレート + リスクプレミアム

それでは、第1回第3回でも説明してきた、デットとエクイティでは、リスクプレミアムはどのように異なるのでしょうか?

負債コストとは

デットの場合、融資を実施する金融機関(=債権者)は、国債と異なり、元本が返済がなされず、利息が支払われないリスク、すなわち「信用リスク」をテイクすることになりますので、リスクフリーレートに加えて、信用リスクをテイクする分のリスクプレミアムが要求されます。

したがって、この要求リターンが支払利息の利率の設定となって、銀行から提示される融資契約のタームシートに反映されてきます。融資を受ける側からするとこれは「負債コスト」といわれます。

負債コスト= リスクフリーレート + リスクプレミアム(信用リスクをテイクした報酬)

シード、アーリーステージのスタートアップですと、多くの金融機関から融資を受ける場合、年数%前後の利率の設定がなされますし、ベンチャー企業向けのベンチャーデットですと7%という利率の数値を見たことがあります。

リスクフリーレートの水準(0.0数%)と比較すると、信用コスト分の要求リターンが大きく乗っていることが分かります。

なお、細かいですが、自社の負債コストは、1年間の支払利息を年間のデットの平均残高で割ることで計算します。この数値は正確には過去の負債コストで将来の信用リスクまで含んだものではありませんが、実務上代用されることが多いです。

信用リスクが低い大手企業の場合には、リスクプレミアムも低く済みますから、当然利率も下がっていきます。

 

株主資本コストとは

次にエクイティにおけるリスクプレミアムついて説明します。

株主が要求する期待リターンを「株主資本コスト」といいます。

第1回の融資と株式の違いでも説明したとおり、銀行が融資をする場合、融資契約を締結し、会社側に元本返済と利払いの義務を負わせ、リスクを信用リスクまで抑制することができます。

また、会社が破綻した場合であっても、会社側に残った資金はまず債権者である銀行に対して支払われ、株主に対して分配されるのは債権者が取りつくした後に残った最後の財産部分となっています(会社が清算される際に株主が持つこのような権利は、残余財産分配権といわれます)。

このように、株主は契約で当然に収益を確保できているわけではなく、投資した会社がきちんと成長することで、株価が上がる、又は利益が配当として分配されることでしかリターンを得られず、融資よりもより一層高いリスクをテイクしているといえ、信用リスクよりも高いリスクプレミアムを要求したいはずです。

このような株主が将来にわたって要求する期待リターンの算定方法として、実務的に最も使われているのが、CAPM(キャップエム。Capital Asset Pricing Model:キャップエムといわれる。)という考え方です。

株主資本コスト= リスクフリーレート + リスクプレミアム(β(ベータ) × マーケットリスクプレミアム)

でという計算式で計算されます。

「マーケットリスクプレミアム」(注:リスクプレミアムとマーケットリスクプレミアムの言葉の違いに注意ください)とは、ざっくりいうと上場株の株式市場全体に投資した場合、すなわち日本ではTOPIX(東証株価指数)に連動するインデックスファンドに投資した場合に得られる期待リターン(正確にはリスクフリーレートとの差)のことで、近年では約6%弱が採用されるケースが多いようです。

一方、「β(ベータ)」とは、個別銘柄が株式市場全体に対して、どのくらいボラティリティ(振れ幅)があるかを示した数値です。株式市場全体の動きと同じであれば1に近くなり、振れ幅が小さければ不確実性が低い=リスクが低いといえるので1より小さく、振れ幅が大きければ不確実性が高い=リスクが高いといえるので、βは高くなります。

参考:β(ベータ)値高位ランキング(日本経済新聞より)

株式市場全体のリスクを踏まえた全体に対する期待リターン(=マーケットリスクプレミアム)に、個別銘柄のリスク(値動きの振れ幅)をかけ合わせることで、当該会社の株主資本コストが計算されるという理屈になります。

 

資本コストとは

ここまで、負債コストと株主資本コストについて説明をしてきました。企業が銀行などの債権者や株主に対して負うこれからの資金調達に関するコストを「資本コスト」といいます。資本コストの内訳としては、負債コストよりも株主資本コストの方が高く、それぞれの期待リターンが異なるため、資本コストは、負債コストと株主コストを加重平均して求める計算となります。資本コストは、加重平均資本コスト(Weighted Average Cost of Capital)であり、通称、WACC(ワック)といわれます。

ざっくり計算してみますと、たとえば、レイターステージのスタートアップ企業で、負債の比率が60%、株主資本の比率が40%、税引き後の負債コストが3%、株主資本コストが30%と算定できる場合、WACCは、60%×3%+40%×30%=13.8%となります。

企業は、デットとエクイティを調達し、資産に対して投資をし、利益を稼ぎます。この時の収益率を投下資本収益率(Return on Invested Capital:ROIC)といいます。

ROIC=税引き後営業利益 ÷ (デット+エクイティ)

で計算されます。税引き後営業利益=営業利益-みなし法人税(営業利益×法人税率)であり、営業利益を使うのは本業で儲ける力を表すのに適切な概念だからです。

ROIC > WACC

を達成すること、すなわち、ROICとWACCの差を「スプレッド」といいますが、このスプレッドを如何に広げるかがファイナンスの観点でいうと経営者の重要な役割です。経営者、起業家には、ヒト、モノ、カネの経営資源を選択と集中させ、資本コストよりも高いROIC、投資リターンを出すことが求められています。

SaaSの事業モデルにおいて、短期的な赤字が正当化されるのは、LongTerm-Targetといって、中長期的に目標とする利益を創出できる先行投資という位置付けだからであり、この論理を無視しているわけではありません。Amazonも短期的な利益を無視しフライホイールを高速回転させることに注力することによって、将来莫大な利益を出せることにつながることをロジックとして述べています。

この資本コストは、経営者が事業投資に当たって最低限超えるべきハードルという意味で「ハードルレート」の基準値となります。

ハードルレート=資本コスト+経営としての意思(目標)

であり、ハードルレートを下回る投資は、経営者の投資判断の原則としてはNGと理解できます。

参考までに、ROICとWACCのスプレッドを拡大するための施策例としては以下のようなものがあります。

 

ROICの最大化

  • 成長性の高い市場、LTV(ライフタイムバリュー)の高い顧客セグメントに対して、自社の経営資源(ヒト、モノ、カネ)をアロケーション
  • 顧客リターンを長く享受するために、競合に対する参入障壁を構築する
  • 次の事業機会を模索するためR&Dに投資をする、非連続な成長を目指す企業文化、組織OSを作る

 

WACCの最小化

  • 資本コストが低い融資をうまく活用する(とはいえ、負債を抱えすぎると倒産リスクが高まり、逆に資本コストが上がると考えられるため、良い塩梅を検討する必要あり)
  • 株主資本コストを構成する「β(ベータ)」とは、経営陣と株主との間で情報の非対称性が存在することで高くなると考えられるため、IR部隊をきちんと組織して、適切なIRを行って、β(ベータ)を抑制する

 

ここで重要なのは、ROICとWACCのバランス、すなわち、事業モデル(ROIC創出の見立て)と資金調達の手段には大いに相性が存在するという点です。

期待リターンが低い調達手段(負債中心)であれば事業投資において低いリターンの見込みであっても経営者の投資判断として許されますが、一方で、期待リターンが高い調達手段(ベンチャーキャピタルからの資金調達など)を選択した場合には、事業投資においても高いリターンを創出することが求められるのです。

今回は少し小難しいファイナンスの概念について説明してきました。シード・アーリーステージの企業にとっては、そんなことをいわれても…という話だったかと思いますが、ROIC>WACCは現に多くの上場企業が経営目標に掲げているコンセプトであり、上場を目指すのであれば、いつかはしっかりと理解をし、向き合うことが必要となってくるテーマですので、この機会にチェックしてもらえたらと思います。本領域について、基本から理解されたい方は、以下の書籍がおすすめです。

実況!ビジネス力養成講座「ファイナンス」 石野雄一著(日本経済新聞出版)

 

次回は、このようなファイナンス理論の基本を踏まえて、ベンチャーキャピタルから資金調達を行うことの意味について解説をしていきます。第1回第2回第3回も参考にしてみてください。

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