
#レジェンドに聞く
先達に学ぶー第1回 新卒の事業承継ー

こんにちは。DIMENSIONファンドの伊藤紀行です。
調達した資金活かし組織をつくり、事業成長させるには、原動力となるビジョンの策定が欠かせません。
前回に続き、DIMENSIONNOTEでお話しを伺ってきた70名 の起業家の事例の中から、
が実践された、“ビジョンの策定”の実例を見ていきたいと思います。
五常・アンド・カンパニー株式会社
「民間版の世界銀行」を目指す五常・アンド・カンパニー株式会社。2014年7月創業から急成長を遂げ、低価格で良質な金融サービスを2030年までに50カ国1億人以上に届けることを目指す。2022年5月末時点でインド・カンボジア・スリランカ・ミャンマー・タジキスタンに8,000名を超えるグループ従業員を擁し、融資顧客数は120万人、融資残高は800億円を突破。そんな驚異的な企業を作り上げた創業者の慎社長(以下慎さん)はどうビジョンを組織に浸透させたのか、インタビューを振り返ります。
以前、起業家としての重要な素養を慎さんにお伺いした際、真っ先に出てきたのは「ビジョン・志」
であった。その背景をこう語る。
”私は世界最大の起業家支援コミュニティ「エンデバー」の日本のボードメンバーをさせていただいているので、様々な国で選考会に参加する機会があるのですが、ある著名なアメリカのベンチャーキャピタリストがテック系スタートアップの起業家を評価する際に「この人は本物の起業家じゃない」と言ったことがありました。
私が「なぜそう思うのですか?」と聞いたところ、「彼はテクノロジーには強く、将来の見通しがついてはいるが、現実を見据えてそれと妥協したり闘いながら物事を前に進めようとしていく姿勢が見えない。」と話していたのです。
私もその通りだと思っていて、仕事を通じて社会のあり方をちょっとでも変える、人類の歴史を一歩でも前に進めるというのが起業家の仕事だと考えています。「志・ビジョン」を描き、その実現のために地道に現実と折り合いをつけていくこと、そのために自分より優れた仲間を連れてこられることが起業家たる条件だと思っています。”
このインタビューからも分かる通り、「ビジョン・志」を描けるかどうかが起業家としての第一関門と言って過言ではないだろう。そんな慎さんのビジョンは、「誰もが自らの宿命を乗り越え、よりよい人生を勝ち取る機会をもつ世界をつくる」こと。言い換えるなら「機会の平等」であり、生まれたときの初期条件が何であっても、誰でも何にでもなれる自由があると、世界のすべての人が思える世界をつくりたいのだという。そう考えるに至った過程を語ってもらった。
”今思えば恵まれていた幼少期だったのですが、幼い頃はよく「なんで自分だけ」と思うことが多かったんです。「なんでうちにはスーパーファミコンがないんだ」という小さなことから、「なんで先輩が自分のことだけ殴るのか」「なんで自分にはパスポートがないのか」といったことまで、自分の境遇に疑問を持っていました。
20代の前半頃までは、自分が生まれたときに配られたカードを恨んでいたのですが、ある時、気がづいたんです。「自分が生まれた時に悪さをしていないのだから、自分じゃなくて世の中が変わるべきだ」と。自分のバックグラウンドや立場に負い目を感じている様々なマイノリティの方々は、日の目を見ない場所で生きていこうとすることが多いように思います。でも、それはとても悲しいことだと思っています。持って生まれた初期条件がなんであれ、誰もがやりたいことをやれる世界にしたいと思いました。
自身の生い立ちから、社会を変える必要性に気付ける慧眼も驚きだ。気付けた要因は「自己肯定感」を培うことができたからだという。
「自己肯定感」は主に2つの要素で構成されるものだと思っていて、1つめは「誰かからの愛情」です。ただし、血がつながっている人からの愛情かどうかはあまり関係がありません。自分が死んだ時に「この人は絶対に号泣する」と確信できる人が1人でもいれば、それだけでいいんです。これは産みの親と離れて暮らしている子どもたちを10年以上見てきた経験からも確信していることです。2つめが「成功体験」です。何かうまく出来た経験、誰かに必要とされた経験があれば、自分が生きている理由を肯定できるようになります。”
自身が誰かに必要とされる限り、自分に責を負うのではなく、フラットに変えるべき社会に気付けたという。生まれ持った初期条件が悪くとも、誰かに大切にされて、何かうまくできた経験があれば「自分自身がこの世の中にいてもいいんだ」と自己肯定感が持てる。また、この自己肯定感を持つことで、仲間づくりにも寄与するという。
自己肯定感と自分の無力さを認めることの関係性について、慎さんはこう語る。
”自己肯定感が高い人は素直に自分の無力さを認められる傾向があるように思います。どういうことかというと、自己肯定感が高い人は自分が無力だと悟っても「自分は生きていていい」と思える。自己肯定感というのは、自分が無能であっても自分の存在価値は薄れないと確信できることだからです。逆に、自己肯定感が低い人は優秀な人たちに囲まれると自分の存在価値が無くなってしまうのではと不安になってしまうのです。それでは優秀な人が集まる組織は作れません。自分の無力さを素直に認めることが、自分より優秀な人を仲間にする秘訣だと思っています。”
自分自身の無力さを受け入れる、そのためには無能であっても生きていてもいいという肯定が必要であり、そこがあって初めて、優秀な人を採用できるというのだ。
そんな慎さんがどうビジョン描けるようになったのか、お話を伺ってみた。
”私がなぜ大きなビジョンを描けるようになった背景を考えてみると、学生の頃から古典や哲学、社会思想などの本を数多く読んだ経験を通じて、世界史レベルの「スケール」の大きさに慣れていたからだと思います。仏教やキリスト教などは人類が考えうる最も大きなビジョンを掲げていますよね。ブッダやキリストやムハンマドが成し遂げたことからすれば、私たちの目標なんて小さなものだと思います。大きさに加えて、ビジョンを実現できると起業家自身が確信しているかどうかも非常に重要で、起業家自身が本気で信じることができていないと周りからすぐに見透かされます。
起業家自身が実現できると本気で信じているか、周りからも見られている。ゆえに、自身が納得・信じ切れるまで自身のゴール像を想像し、解像度を上げる必要があるだろう。ただ、大きなゴールであれば、足元の動きとどう連動させるのか。
私は数値であれ、なんであれ具体的な目標を持つことは大切だと思っています。数字があるからこそ、人は真面目にその実現方法を考えます。私は起業前に1,648km走って本州を縦断しました。もし目標を立てなかったら、家の周りを10kmくらい走ってそれで満足していたと思います。それでも十分な距離です。一見するとできるかどうか分からない目標を立て、その実現に向けて一生懸命に考えるからこそ、それは実現可能になるのです。”
行動に数値目標をつけることで初めて、人は真面目に実現方法を考えるというのだ。これだけの規模を、数値を立てて目標通りに実行すること自体、驚異的な経営であろう。それでは、創業期はどんな動きをしていたのだろうか。
”創業初期に作った事業計画書は、今読み直してもかなり精度が高いなと思います。少なくとも過去5年間は予定通りでした。こういった「ロバストな思考」というのは、時間をかけて作られると思っています。例えばニュートンの「プリンキピア(全3巻。1687年刊。力学の一般法則を定式化したもので、ニュートン力学の体系を確立し近代科学の基礎となった)」は、彼が10ヶ月ほど引きこもって書いたものだと言われています。あれだけの天才ですら、それだけ時間をかけないと大きな思想は作れない。私の場合は考えるスピードが早い方ではないので、「ロバストな思考」を組み立てたいときはゆっくり時間をとって考えます。最初の事業計画を作った時も、2〜3ヶ月引きこもって作りました。”
ゴール像と現時点の距離を正確に把握しながら、どう埋めるのか、そもそもそのアプローチが正しいのか、他にどんな道筋があるのか、立体的に把握できるまで考え続けることで、思考が磨かれるのだという。この時間もそう簡単に取れるわけではないので、移動中の機内で考え続けることもあるという。
そんな慎さんだが、社内へのミッション、ビジョンをどう伝播させているのか。五条・アンド・カンパニーの経営理念は下記の通りだ。
経営理念:首尾一貫と真善美
首尾一貫:信じること、話すこと、為すことを一致させる
1–1 人情やその場しのぎのためにGuiding Principlesを曲げない
1–2 全関係者にいつもGuiding Principlesを語り、熱烈な支持者を増やしつづける
1–3 信頼と評判は首尾一貫した行動で築く – メディア掲載や受賞、団体所属は副産物でしかない
真:正しく思考し行動する
2–1 課題設定→目的と前提条件定義→思考枠組み構築→情報収集→論理思考の繰り返し→実行
2–2 自身の先入観や感情を排し、事実と論理とGuiding Principlesのみを頼りに何度も考える
2–3 隠し事や虚飾をせず真実を語り、意思決定過程を公開し、本物になることを目指し続ける
善:顧客、友人、家族に顔向けできない仕事はしない
3–1 顧客搾取ではなく誰よりも顧客に貢献することでお金を儲ける
3–2 全グループ会社従業員と対等な仲間として働く
3–3 仕事によって個人の生活や家族を犠牲にしない
美:最高品質・最高速度・シンプルさを追求しつづける
4–1 世界最高水準のプロセスと成果物を作ることに妥協しない
4–2 今すぐやる − 精神的な負荷の高いことも先延ばしにしない
4–3 全ての必要情報を揃え、それを最小インク・バイト・時間で表現する
価値観 (Value):
– 自己満足せず、世界最高の方法を学び導入し続ける
– 批判や反対ではなく、できる方法や代替案を考えてやり抜く
– 小手先の策略は用いず、正々堂々と王道を行く
– 間違えたら素直に謝る
– 恩は忘れず、どこかで必ず返す
– 仕事を楽しみ笑いとユーモアを忘れない
– ユニークな人、忘れがたい人、他人と違う人を歓迎する
– 迷ったときは、貧しい人や立場の弱い人の役に立つほうを選ぶ
(出典:五常・アンド・カンパニーホームページ)
行動規範を明確に言語化し、Do/Don’t(組織として奨励すること、禁止すること)を伝えることで、数千人規模の組織へ伝播させている。この行動規範の思想についてお話しを伺った。
”行動規範は書いてある通りなのですが、端的に言うと「真善美」「首尾一貫」であることを会社として大切にしています。
「真」「善」に関しては、論理や原理原則に基づいて「正しいこと」をすること。友達や同僚、家族に顔向けできないような仕事はしないということです。
「美」は最高品質・最高速度・シンプルさを追求しつづけることです。
「首尾一貫」については、信じていること・言っていること・やっていることを同じにすること。いつ死ぬか分からない人生において、自分が正しいと思っていることに向かって仕事ができることほど幸せなことはありません。
この大切にしていることを、経営者の私自身が1番の体現者となるよう日々仕事していますし、それが組織全体の姿勢に反映されていくと思っています。現在の自分が完璧だとは思っていませんが、毎日自分を振り返り、少しずつ理想に近づけていきたいと思っています。”
経営者自身が1番の体現者になる、というスタンスこそが組織全体へビジョンを浸透させるうえで大事なポイントだろう。トップが繰り返し伝えることで、組織としての憲法として浸透していく。そういう意味で、トップ自身がビジョンを信じ切れていることが大事なのだろう。事業家に限らず人を率いる立場にある方は、自身がどれほど体現できているかを内省してみると意外な発見があるかもしれない。