#インタビュー
国内最大級(*1)の家計診断・相談サービス『オカネコ』や、toB向けのコンサルティング事業などを提供する株式会社400F。同社代表取締役社長 中村 仁氏に起業家の素養、資金調達などについてDIMENSIONビジネスプロデューサーの古家 広大が聞いた。(全4話) (*1)現時点での400F社データベース及び他社公開情報の比較調査による
MBOを円滑に進めるには「資本の原理を理解すること」が不可欠
――2017年に400Fを設立され、2020年に親会社である「株式会社お金のデザイン」からMBOを実施されました。このMBOはどのように交渉して成功させたのでしょうか。
MBOにあたって、親会社としては、最初に子会社の今後の方向性を検討する必要があります。子会社に成長の可能性があると判断される場合、株主の利益を考慮すると、通常は手放すべきではないからです。
そのため、本社事業とのシナジーが本当に見込めないのか、MBOの前に売却を検討すべきではないか、など多角的な視点で検討を行います。
弊社の場合は、お金のデザインがBtoCから撤退し、BtoB事業へ移行するタイミングとMBOの検討時期が重なりました。
400FはBtoC事業が中心であったため、両社間に本質的なシナジーが見込めないという結論に至り、MBOに進むことができました。
この過程において、資本の原理を十分に理解することが不可欠だと考えています。
「自身が子会社を設立し成長させたのだから、継続して経営させてほしい」という主張は、ビジネスの世界では通用しないという現実を認識する必要があります。
親会社としては、「子会社の今後の方針」について自社の株主や関係者に対して明確な説明責任を果たさなければなりません。そのため、このコミュニケーションプロセスが極めて重要となります。
MBO実施の妥当性を、資本の原理に基づいて合意をとる。これが第一のポイントとなります。
次にMBOにおいて重要な点は、株式の完全買収か一部を継続保有してもらうかという交渉です。また適切な価格設定も行う必要があります。
弊社の事例では、100%の買収を実施させていただきました。
通常、親会社は子会社の成長可能性を考慮し、できる限り多くの株式を保有し続けたいと考えます。
しかし、親会社による継続的な株式保有は、将来の資金調達を想定した場合、オーナーの持分比率低下につながるデメリットもあります。親会社が当初から株式比率を多く保有していると、新規投資家の参入が困難になったり希薄化のスピードが加速する可能性があるからです。
そのため、長期的な視点に立ち、事業成長において適切な持分比率を検討する必要があります。
最後に、価格設定に関して弊社の場合は、親会社の株主に上場企業や金融機関が含まれていたため、彼らが納得できる、つまり社内で合理的に説明可能な価格設定が不可欠でした。
そのため、当時の株価を税理士に算定していただき、それを基に提案を行いました。
「この価格が適切だと感じる」といった主観的な説明では不十分です。そのため、価格設定の根拠を綿密に組み立て、交渉を進めました。
「私欲をなくすこと」と「誠実であること」
ーー資本の原理を理解すること以外に、親会社や関係者との会話で注意すべきことはありますか。
MBOの成功には、「私欲をなくすこと」と「誠実であること」が不可欠です。
事業の創始者の「想い」も大切ではありますが、客観的に見れば、個人の希望よりも会社の現状、シナジー効果の可能性、グループ戦略としての整合性などの論理的な判断基準がより重要となります。
「自分の努力の結果だから、この事業を独立して運営したい」といった個人的な「私欲」を前面に出すと、円滑なコミュニケーションが困難になる可能性が高いです。
さらに、誠実さを保つことも極めて重要です。
例えば、100%の株式買取を提案する場合、相手方にとっては上振れする可能性(アップサイド)を放棄することを意味します。このような状況下で、不誠実なコミュニケーションや対応をとれば、交渉が決裂する恐れがあるでしょう。
MBOには個人的な想いを成就させる側面もありますが、そういった個人的な願望を抑制し、客観的に、誠実に状況と向き合うことが成功への鍵だと考えています。
ーーちなみに、親会社の株主とのコミュニケーションは中村さんご自身でも行われたのでしょうか。
利益相反を避けるため、私自身は親会社の取締役会を含むこのMBO案件に直接関与しませんでした。代わりに、後任の社長が交渉を行いました。
MBOの主体である私が過度に介入すると、ネガティブな印象を与える可能性があります。
非公式な事前調整や単独での判断・行動は、往々にして逆効果をもたらす可能性があるため、そのような行動は慎むべきです。
したがって、交渉担当者を慎重に選定し、一貫性のある対応を維持することが不可欠だと考えています。
アーリーステージからCFOを最優先で採用する
ーー御社は大型の資金調達を成功させていますが、資金調達を成功に導くための重要な要素は何でしょうか。
資金調達の成功には、まず「数を打つ」ことが不可欠だと考えています。
当然ながら、投資を受けられる機会よりも断られる機会の方が多いのが現実です。
しかし、一度の拒否で挫折せず、その理由を積極的に聞き出すようにしています。なぜ投資を見送られたのか、我々のどの点に改善の余地があるのかを知ることができるからです。
全てが順調に進んだわけではなく、実際に数多くの行動を起こし、多くの投資家候補から断られる中で、粘り強く活路を見出してきた結果が現在の状況というのが正直なところです。
また、いわゆるCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)に関しては、競合他社に先を越されたら非常に困ることかを理解した上で、先手を打つというのは一つの戦略として考えられると思います。
ーーそのほか、資金調達で重要なポイントはありますか。
経営者として資金調達に携わることは当然の責務ですが、CFO(最高財務責任者)の存在は、非常に重要だと考えています。
そしてCFOこそ、スタートアップが最優先で採用を検討すべき役職の一つだと考えています。
資金調達において、VCなどの投資家によるデューデリジェンス(企業価値評価)があります。このデューデリジェンスにおいて、最も重要な資料が事業計画書です。
この事業計画書を経営者自身が高い精度で作成できるでしょうか。精度の低い計画では資金調達はできません。いかに精緻で説得力のある計画を策定できるかが重要です。
そのため、私は直近の資金調達ラウンドではCFOに大きな裁量を与えました。もちろん、経営者としてピッチを行い、ビジョンを伝えることも重要ですが、CFOがエクイティストーリーを語り、実行できることも同等に重要だと考えています。
最終的に、資金調達を経てIPOを目指す場合、CFOが決算説明などの重要な役割を担うことになります。そのため、CFOにもこれらの責務を見据えた行動を早い段階からしてもらう必要があります。
投資家との交渉や、投資家からの拒否に直面することも、CEOが全てを担い、CFOが補助的な役割に留まるのでは、CFOの経験値向上の機会を逃すことになります。
――資金調達の面談のほとんどをお二人で同席されたのですか。
必要に応じて私が説明を行うこともありますが、多くの場合は二人で同席し、説明の大部分をCFOに任せています。
もちろん、私自身も全ての数字を把握しています。
必要に応じて回答できる準備はありますが、経営者が全てを担当するよりも、CFOが全体を把握し説明することで、投資家の方々により安心感を与えられるのではないかと考えています。
各段階での役割分担を明確に意識し、可能な限り早期にCFOを採用して共に成長していくことは、非常に効果的です。
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古家 広大
早稲田大学卒業後、三井住友信託銀行に入行。 広島にて個人向けFP業務を行った後、大阪にて法人RMを経験。非上場からプライム市場の企業まで担当し、融資や不動産など信託銀行の幅広いソリューション営業に従事。また、ESGやSDGsをはじめ、CGC改訂への対応支援も行い、グローバルで勝ち続ける企業への成長を非財務領域も含めてサポート。 2022年DIMENSIONに参画。LP出資者からの資金調達と国内スタートアップへの出資・上場に向けた経営支援を担う。
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