スタートアップ――起業の実践論 第3回 課題発見の実践例 カバー社の創業期の事例

ファウンダーマーケットフィットを意識する

こんにちは。DIMENSIONファンドの伊藤紀行です。

23年4月に1,000億円をこえる上場を実現したカバー社。本日のコラムでは、同社の創業期にどのように事業の核をみつけていったのか、みていきましょう。

本コラムの内容は’23年4月発売の拙著「スタートアップ――起業の実践論」をベースに記述されています。全体版は、同書をご参照ください!

‘23年4月発売 「スタートアップ――起業の実践論」

 

アイデアを事業化する上で、得意領域で戦うことが重要になってきます。経験・知見の豊富な得意領域で戦えば、競合に対し継続的な優位性を構築できる可能性が高くなります。

その主な理由は、
①過去の成功・失敗パターンを熟知している
②現在・未来のユーザーの潜在ニーズに対する理解度が高い
③領域内のキープレイヤーを知り、ネットワークを持っている可能性が高い

などがあります。これらの優位性を持ち、自分自身がファウンダーマーケットフィット(創業者とマーケットが適合)しているのか、自問することで勝てる事業アイデアを見つけられる可能性が一気に高まるのではないでしょうか。カバーの実際の事例を見ながら、このポイントを見ていきましょう。

谷郷さん率いるカバーは、日本発のバーチャルタレントIPで〝世界中のファンを熱狂させる〞ことをビジョンに掲げ、バーチャルユーチューバー事務所「ホロライブプロダクション」の運営、並びにメタバースの企画・開発をしています。バーチャルユーチューバー事務所として国内で二強を争う同社は、上場後も順調に成長を続けられています。加えて、谷郷さんは『Forbes JAPAN』の特集「日本の起業家ランキング2023」で第3位に選出されています。

ふわっとしたビジョンでスタートした事業での挫折

そんな輝かしい実績を持つ同社も、谷郷さんの前の事業で挫折を経て立ち上げられています。カバーを創業する前に、谷郷さんはサンゼロミニッツという会社を起業・経営されていました。サンゼロミニッツは全国各地の地元店舗、イベント、話題のスポットを閲覧できるタウン情報サイト。共働き世代が増えていく中で、地域情報を共有・閲覧できるニーズが増えるのではないかという、〝ふわっと〞したビジョンのもと選択した事業だったと谷郷さんは振り返られています。

事業選択の際に、アイデアの実行者である自分が適任なのか? という視点を、起業当時は考慮されていませんでした。結果的に谷郷さんはサンゼロミニッツをM&Aでエグジットしてされていますが、ご本人の中では納得のいくエグジットではなかったと語られています。

「結果的に自分より適任者が事業を率いる方がうまくいくということで、売却に至りました。ビジョンをうまく実現する力がなければ、結果的に世の中に役立つことができないと痛感したのです」

自分自身よりも事業実行の適任者がいるのであれば、彼らと競合した際に負けてしまう。その点を考慮すると、着想時点から自分が得意な領域でのアイデア選びが重要になってくるのではないでしょうか。

 

1万時間投下した領域で戦い、勝率を高める

サンゼロミニッツでの苦い経験を糧に創業したのが、現在経営しているカバー社。〝ふわっと〞した未来構想から逆算するのではなく、同領域への経験・知見を豊富に持ち、自分が手触り感を持って理解しているコンテンツビジネスを選択されています。

谷郷さんにとってコンテンツビジネスが「得意領域」になった背景には、彼の新卒での勤務先が影響しています。新卒でゲーム会社に入社した彼は、ゲーマーの若い感性に寄り添い、コンテンツ領域に膨大な時間を投下されました。さらにゲーム業界の名だたるコンテンツホルダーとも数多くのプロジェクトで協働されています。総投下時間は1万時間を超えているといいます。この1万時間以上の中で経験した数々の事業の成功・失敗パターンや、若い感性を持つゲーマーのニーズに向き合い続けた経験こそが谷郷さんが前進する強力なドライバーになっています。

「たとえ他の著名起業家が参入してきたとしても、絶対に勝てる自信がある領域で勝負することができています」

コンテンツビジネスが得意領域だという自負を持つことで、自信を持ちながら経営し続けられると谷郷さんは語られています。

 

「本物の起業家コミュニティ」で、切磋琢磨する

谷郷さんの強みにさらに磨きをかけたのが、起業家コミュニティでした。ここで指す起業家コミュニティとは、VCなどが運営するシェアオフィスやインキュベーション施設などのことをさしています。

このような起業準備・シード期に利用できる施設が日本中に数多く存在しています。40代の谷郷さんにとって20代の若い起業家が集まるコミュニティには少し抵抗感を覚えたものの、刺激に溢れていたとのこと。共用施設に早朝から行くと、寝袋で寝ている人がたくさんいたと振り返られています。決して華やかではないものの、ハングリーな起業家が集まる空間だからこそ、悪戦苦闘しながら今のカバーの原型となる事業アイデアを捻り出すことができたのではないでしょうか。

「学習塾と同じで、ライバルがいるからこそ刺激をもらいながら成長できるという側面がある」

ここで伝えたいメッセージは、読者にも寝袋とPCを両手に泊まり込みで事業アイデアを考えてほしいということではありません。伝えたいのは、互いに刺激し合い、切磋琢磨しながら事業アイデアを生み出せる仲間を作ろうということです。自分を他の潜在起業家と相対化できる環境に身を置くことで、自分の「得意領域」の理解が深まる効果もある、と強く感じています。

谷郷さんの場合、前社のサンゼロミニッツ売却後からカバー創業までに2年半の起業準備期間がありました。サラリーマン時代に既に1万時間以上コンテンツビジネスと向き合っていたのにもかかわらず、この期間起業家コミュニティで更にいいアイデアを探し続けました。

 

業界内のキープレイヤーを仲間に

「得意領域」の課題を選ぶことの利点は、事業アイデアに精通していること以外にも、業界内のキープレイヤーを知りネットワークを持っている点にもあります。知見・経験がない領域を選んでしまうと、業界内のKOL(Key Opinion Leader)や連携パートナーの目利きが難しくなります。結果、望ましくない連携先に時間を浪費してしまい、事業が成長できないケースは頻繁に見られます。また業界内に精通していないと、各プレイヤーのニーズも分かりにくい傾向もあります。ゆえに連携を持ちかけても、相手の必要なものを提供できず、実を結ばないケースもあります。

カバーのケースを見てみましょう。谷郷さんは起業家コミュニティでの活動を通し事業アイデアを思いついた後、早い段階で大きな問題点に気づかれました。それは日本国内でのVR領域に対する資金流入が、海外と比較して圧倒的に足りていないということです。海外では既にVR専門ファンドが台頭する中、VR黎明期だった日本には同等の存在がありませんでした。この環境下では資金調達が難航するだろうと谷郷さんは感じ、モバイルオンラインゲーム事業に精通しているgumi の国光宏尚取締役会長にVR専門ファンドの企画を提案したのです。

「モバイルオンラインゲーム事業などに精通されているgumi(グミ)の国光宏尚さん(取締役会長)にVR専門ファンドの企画を提案し、国光さんが2015年に実際に立ち上げてくださったのがTokyo XR Startups 株式会社でした。同社は弊社の株主としても参画してくださっています。資金調達ができないほどの市場黎明期なのだとしたら、ファンド自体を自ら提案してつくってもらう。そうすることで、日本のVRコンテンツが世界と戦える土壌をつくることを考えたのが最初の一手でした」

このように得意な事業領域を選択することで、業界のキープレイヤーを特定し、巻き込める可能性がぐっと上がってきます。皆さん自身が1万時間投じたと言える、得意な領域はどこでしょうか。

ご自身の得意領域での起業を考えている方、事業を立ち上げられた方で資金調達ニーズがある方がもしいらっしゃれば、気軽に相談ください!

 

【出典】
スタートアップ――起業の実践論 ~ベンチャーキャピタリストが紐解く 成功の原則

【参考文献】
カバー株式会社公式サイト
〇『Forbes JAPAN 2023 年1 月号』(リンクタイズ)
Business Insider Japan「ミライノツクリテ – 谷郷元昭」
MoguraVR「『ホロライブ』のビジョンとこれから――Tokyo XR Startups 出身起業家インタビュー(第一回:カバー株式会社CEO 谷郷元昭氏) 」

 

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