”心理的安全性”、その前に

著者 鈴木修

著者 鈴木修

Director

はじめに

本シリーズでは、ベンチャーキャピタルDIMENSIONの鈴木修が日々行っている出資先スタートアップへのメンタリングを振り返りながら、組織人事について様々なエッセンスを書き連ねていきます。

これが唯一正しいということではなく、多様な見解が生まれていくきっかけづくりとしての本シリーズ。

それでは、今回のメンタリング回想録をどうぞ。

※鈴木修のプロフィールはこちら

 

”心理的安全性”、その前に(読了時間目安:5分)

創業から時を経るにつれ、そして組織が大きくなるにつれ、「心理的安全性の高い会社にしたい」というスタートアップからの相談が増えてくる。

その背景には、どういったことがあるのか。

・組織に階層が生まれることによる上下関係が負に作用し、メンバーがマネジャーに対して発言しづらくなった

・組織にいるメンバーの能力や経験のレベルに格差が生じ、ジュニアなメンバーが発言レベルを気にして発言しづらくなった

・昔からいるメンバーの存在感や昔からの暗黙の文化がつくりだす空気が、新メンバーの発言のしづらさに影響している

・いつの間にか経営者ないしは経営陣との接点頻度が少なくなり距離も遠く感じられるようになり、メンバーが発言をしてこなくなった

・リモートワーク環境で意見が言える場が少なくなり、そしてそもそもオンラインでは発言がしづらくなった

こういった状態になっていく結果として、とにもかくにも、「みんなが自分の意見を遠慮せずに言える会社にしたい」という考えにいたり、心理的安全性の高い会社にしたいと考えるのであろう。

このようなスタートアップの成長にともなう背景がありながらも、社会の大きな動きも影響している。

記憶が正しければ、2010年代半ばにグーグル社の生産性の観点から話題になった”心理的安全性”。その後、経済停滞にともない人材採用バブルから人材活用フォーカスへのシフト、国の政策や制度含めた働く人へのケアが高まる社会全体の動き、様々な特徴を持った人材を尊重し受け入れていこうという多様性重視、そういったことも踏まえて”心理的安全性”はより一層注目を集め続けている。

今回は、『”心理的安全性”、その前に』というテーマで、”心理的安全性”ある組織づくりに取り組むその前に考えてみていただきたい”心理的安全性”の現実や誤解の中から3つほどピックアップして書いてみたい。

”心理的安全性”が効果的に活かされますように。

 

■”心理的安全性”のある組織は居心地がよい組織?

意見に対しての反論が活発になされる対話、これまで続けてきたことに異論されるような対話、それを言う側ではなく言われる側に立つということを想像してみると、なかなか気持ちよくなれないメンバーは多くいるだろう(本コラムを読んでいるあなたもそうかもしれない)。

たとえば、部下から、年下のメンバーから、異論や反論があったとしたら、あなたはどう受け止めるだろうか。

”心理的安全性”のある組織では異論や反論なども活発に行われて当然。

会社がよりよく前に前に進むために、メンバー全員が時に率直に、異論や反論を言わなければいけないし聴かなければならない。(時に、というよりは、未完成で不確定なことが多いスタートアップでは、計画や企画の実行と振り返りの頻度が高いことが必須で、そしてその度に当初の計画や企画、そして実行への異論や反論が都度適切に行われるべきである。)

ということは、そういった意見にもしっかりと耳を傾け受け入れることができないメンバーにとっては、とても居心地が悪い。

とすると、想像がつくかもしれないが、異論や反論も含めて活発に対話がなされる”心理的安全性”ある組織のメンバーにはいくつかの必要な要素を求めなければならない。決して誰もが受け入れられるわけではない、それが”心理的安全性”の組織の現実。

次はその点を。

 

■”心理的安全性”のある組織では誰もが受け入れられる?

異論や反論も含めてポジティブに活発に対話がなされる”心理的安全性”ある組織には、メンバーが成熟性もしくは学習性の高さを保有していることが大前提となる。

成熟性もしくは学習性が低いメンバーは、異論反論を受け入れることができずネガティブな気分が表出してしまったり言葉に出てしまったり、逆に、異論反論すべき時にそれを言うことを避けて発言をしなかったり、こういったことが起こる(=そのメンバー起因で”心理的安全性”が担保されなくなる)。

ジュニアなメンバーでまだ成熟性が高くないとしても、学習性の高さがあれば、どんな発言へも耳を傾け受け入れるべきことを受け入れ、また、学習性が高いからこそ自らの思考レベルを高めていくためにしっかりと異論や反論を言語化し(緊張はすれど)臆せずにそれを伝えるはずだ。

決して、ジュニアなメンバーがいると”心理的安全性”ある組織づくりはできないということを言っているのでは無く、あくまでも必要な条件を保有しているかどうかがポイントとなる。

もう一つ別の観点では、”心理的安全性”ある組織には、メンバー全員が一定水準以上の情報量と思考レベルを保有していることが求められる。

”心理的安全性”は、無目的にあればよいのではなく、事業や組織の何らかの成果や成長という目的のために必要な手段のひとつ(企業活動の全てには必ず目的がある)。

したがって、その目的のためには、言いたいことや思ったことがワイワイと発言されるのでは意味がなく、一定水準以上の意義ある発言が活発にされる必要がある(意義ある発言=結論や論理ある発言、ということだけではなく、思考途中の発言や感覚でとらえた発言にももちろん大いに意義がある)。

どんなレベルの発言も全て親身に聴いてくれて理解してくれるわけではない。そうする必要もない(補足しておくと、オンボーディングや定期メンタリング等においては、そのようなナンデモ話せてナンデモ聴いてもらえる場は必要である)。 

メンバーにはこのように発言の質が求められることに加えて、発言の量も大切であり、次はその点について。

 

■”心理的安全性”のある組織では発言するも発言しないも自由?

事業や組織の成長のために発言すべきことは言葉にする。言葉にしなければならない。たとえそれが、上長が言ったことへの疑問であれ、創業当時から続いてきたことへの異論であれ。

年齢や役職に関係なく、(先に書いたような条件を満たした上で)メンバーひとりひとりの発言が全員に傾聴され重視される。

これは言い換えると、メンバーひとりひとりには発言する権利があり同時に発言する義務がある、ということでもある。

会議体を例にとるのであれば、発言しないメンバーにはその会議に参加する権利はない、厳しいかもしれないがそれが現実。

メンバーひとりひとりが遠慮や忖度なく偽りなく自分の意見を発言するからこそ、その他のメンバーも発言していくという、”発言の心理的安全性”の波紋が組織に広がっていく。

メンバーひとりひとりが立場や年齢や保身に関係なく他者の意見を傾聴するからこそ、その他のメンバーも傾聴していくという、”傾聴の心理的安全性”の波紋が組織に広がっていく。

この発言と傾聴の波紋の起点にメンバーひとりひとりがならなければ、”心理的安全性”はそのひとりから綻びが生じていく。

この点はとても重要なのでもう一度、”心理的安全性”ある組織には、メンバー全員に発言する権利と義務がある。

以上、今回は『”心理的安全性”、その前に』というテーマで、”心理的安全性”ある組織づくりをする前に考えてみていただきたいポイントを3つほどあげてみた。

これ以外にもいくつかあるポイントはまた別の機会に書いてみたい。

”心理的安全性”は、みんなでワイワイと言いたいことを言える居心地の良い仲良しグループのためにあるのではなく、事業や組織の何らかの成果や成長を目指すプロフェッショナル(学習性高いプロフェッショナル候補人材を含む)チームのためにある。

”心理的安全性”ある組織の雰囲気は、居心地のよい気楽さではく、気持ちのよい緊張感があることなのではないだろうか。

私はサッカーが好きなのでサッカーの例えとなってしまうが、サッカー日本代表チームとはまさに、ワールドカップ優勝という目的のために、年齢や代表歴に関係なくひとりひとりが発言と傾聴の波紋の中心にいるチームになっているはずだ。

最後に念のため、今回はあえて異論や反論といったことを多く内容に加えたが、それは今回伝えたい”心理的安全性”の現実や誤解を伝えたいがゆえにそうしたことであって、賛同や賞賛などをひとりひとりが言葉にして発言すること、それも言うまでもなく至極大切。

そして、異論や反論は決して人格を否定するものではない。対「発言されたコト」であり、対「発言したヒト」ではない。誰かが言葉にしたことはその人の言葉ではなく会議室の机に置かれた言葉。自分が言葉にしたことは自分の言葉ではなく会議室の机に置かれた言葉(決して自らの発言に無責任になって良いということではない)。そうとらえることで、発言された言葉を自分含めて全員が客観的に見ることができ、自己発言への異論や反論すらできる、私はそう考えている。

会議が終わった後、「いい異論をありがとう」「あの厳しい質問があってよかった」「あの指摘が今後の事業を成長させるね」と会議に参加したメンバーみんなで(むしろ異論反論されたメンバーが積極的に)気持ちよく話しながら前に前に進んでいく組織が、”心理的安全性”ある組織の具体的なイメージのひとつなのではないだろうか。

———————————

今回の『”心理的安全性”、その前に』、いかがでしたでしょうか。

本シリーズでは、このコラムにご関心のある方々のご関心のあるテーマについてお伝えできればと思いますので、もし何かテーマのリクエストなどございましたら、こちらまでお気軽にご連絡ください。

 

それでは、また次回。

DIMENSION NOTEについてのご意見・ご感想や
資金調達等のご相談がありましたらこちらからご連絡ください

E-MAIL MAGAZINE 起業家の皆様のお役に立つ情報を定期配信中、ぜひご登録ください!*は必須項目です。

This site is protected by reCAPTCHA
and the Google Privacy Policy and Terms of Service apply.