基礎から学ぶ!起業の手順書 第4回 資本政策の策定

はじめに

こんにちは。独立系ベンチャー投資ファンドDIMENSION家弓(かゆみ)と申します。

本コラムでは、起業からEXITの時間軸に沿って、事業推進の論点になり得るポイントを網羅的に紹介していきます。当連載を順番に読めば、検討すべき項目を抜け漏れなく把握できる、そんなコラムを想定しています。創業前の方は第1回から、起業済の方は会社のステージに合う回からご覧頂ければと思います。

私共のナレッジの活用によって、真摯な起業家精神と、正しい事業構想を持つ起業家のみなさまが、少しでも効率的に事業を推進されることを願っています。

第4回の本稿では、資本政策の作り方と、策定時に留意すべきポイントについてお伝えします。

エクイティによる資金調達を活用して大きな事業を築く場合、資本政策での失敗は、実は事業での失敗よりも致命傷になり得ます。「資本政策は後戻りが出来ない」と言われるように、慎重かつ危機意識を持って策定すべきものです。

本稿が、皆さまの資本政策策定の一助となれば幸いです。

 

株の 「使い道」 と 「落し穴」 を認識する

「なるべく多くの株を持っていれば、上場時の金銭的リターンが大きくなり、経営の意思決定もしやすくなる。だから、株は多めに保有したまま上場する方が良い」

若手起業家の皆さまの中には、株についてこのような認識をお持ちの方も少なくないようです。

結論自体は間違っていませんが、その結論に至るまでの理解は、より深めておくことをお勧めします。

株には様々な使い道と、落し穴があります。それらを「認識した上で意思決定すること」と、「知らずに意思決定すること」の間には(たとえ結論が同じであっても)雲泥の差があります。それはいずれ、最高到達点の高さと、有事の際の対応力として表出します。

資本政策について考える前に、まずはこの 「株の使い道と、落し穴」 について触れておきましょう。

 

株の使い道① 資金調達
第三者割当による新株発行の対価として、資金を得ることです。生株だけでなく、SAFEやJ-KISS、新株予約権付融資など、様々な方法がありますが、基本的な仕組みは同じです。

 

株の使い道② 経営の意思決定
会社法の規定により、議決権の2/3以上の賛成がなければ実行できない行為が存在します。これは「特別決議事項」と呼ばれ、会社にとって重要な意思決定である、解散やM&Aの受け入れが該当します。

言い換えれば、経営者(と社内メンバー)が1/3以上の議決権を保有していれば、特別決議事項の拒否権を持つことになり、経営の安定性が高まります。そのため、上場後も議決権の1/3以上を社内で維持できるよう資本政策を設計するのが一般的です。

(議決権の2/3以上の賛成で決定される事項)
会社の合併・解散、事業譲渡、募集株式や新株予約権の発行、定款の変更、など

(議決権の1/2以上の賛成で決定される事項)
役員の選任・解任、株式譲渡、計算書類の承認、など

 

株の使い道③ 人材の採用と流出防止
上場時の金銭的リターンは、スタートアップへの参画における大きな魅力の一つです。成長環境や理念に共感して参画を決める方も多いものの、ストックオプション(SO)の付与が一般的となった今日では、その有無が人材の採用力や定着率に大きく影響します。

優秀な人材を獲得するために、思い切った比率のSOを付与するケースもあります。金融庁による法整備の進展により、人材獲得においてSOを活用しやすい環境が整っています。

 

株の使い道④ 社外との協力関係の構築
業界の有力者や専門家について、採用は難しくとも事業への協力を得たい場合があります。そういった際に、SOを付与して協力を仰ぐことが有効な選択肢となります。

また、大手企業に株式を付与し、戦略的な協力関係を構築するケースも多く見られます。

 

ここまで株の主な使い道をご紹介しましたが、次は、株にまつわる落し穴について説明します。

 

株の落し穴① 法人株主の 「色」 が付く
例えば、大手電機メーカーから出資を受けた半導体関連のスタートアップは、情報管理の観点から、その電機メーカーの競合企業との取引に制限がかかる可能性があります。

事業計画に照らして、事業会社からの出資受け入れは慎重に判断する必要があります。

 

株の落し穴② 共同創業者の退社
共同創業者と大きめの比率で株式を持ち合って起業したものの、その共同創業者が退社してしまうケースです。

これは珍しくない出来事ですが、株式を保有したまま退社されると、会社の重要な意思決定が困難になり、経営の安定性が著しく低下します。

創業時に必ず創業者間契約を締結し、退社時には簿価での全株買取りが可能となるよう定めておきましょう。

 

株の落し穴③ 小規模上場における、経営者の株式現金化の難しさ
時価総額が小さい状態で上場すると、資本力のある機関投資家の投資対象とならない可能性が高くなります。

そのような状況下で経営者が多くの株式を売却すると、株価が大幅に下落し、個人投資家からの投資も冷え込んでしまいます。結果として、資金調達が困難となり、成長の機会が制限されてしまいかねません。

その懸念から、上場後も株式を現金化できず、苦労される経営者も少なくないようです。

機関投資家の投資対象となるには、時価総額300億円が目安とも言われます。高い持株比率を維持したまま小規模上場を目指すよりも、株式を適切に「使い」ながら事業を成長させ、大型上場をしてから株式の現金化を検討することをお勧めします。

(上場は上場益獲得のための「ゴール」ではなく、資本市場を活用して持続的に事業成長するための「通過点」である点は、言うまでもない常識ですが、誤解を避けるために念のため付言しておきます。)

 

資本政策の作り方と、留意すべきポイント

資本政策表とは、創業からIPOまでの資金調達と株主構成の変化について、表計算シートで表現したものです。事業計画書と同様、インターネット上でひな形を入手できますので、作成にあたってはそちらを活用して頂ければと思います。

スタートアップにとっての資本政策とは、IPOまでにいつ、どれだけの資金を調達するかを計画するものです。そのため、策定には事業計画(第3回参照)が必要となります。事業計画を作成してから、それと照らし合わせて資本政策を検討していきます。

 

①資金調達のタイミングを決める
資金調達のタイミングは通常、前回の調達から1年半~2年後に設定しますが、基本的な考え方としては、「事業が不連続な成長を達成した直後≒事業の不確実性が大きく低下した直後」 に調達のタイミングを設定すべきです。

例えば、「プロダクトのローンチ後、熱狂的な顧客が付き始めた時期」や、「要素技術の検証が完了し、製品化と販売の道筋が明確になった時期」などが該当します。

これは、そのタイミングが投資家にとって最も事業が魅力的に映り、資金の調達コストを最小限に抑えられるためです。

適切なタイミングであれば、納得できるバリュエーションで3ヶ月以内に資金調達が完了することもあり得ます。一方で、タイミングを誤ると、長期間にわたって何人もの投資家と交渉を続けた末に、低いバリュエーションでの調達を余儀なくされ、時間的・資本的コストの両面で大きな損失を被ることになりかねません。

資金調達に適したタイミングを意図的に作るように、事業計画を組み立てましょう。

 

②調達額を決める
調達金額は、「次の調達タイミングまでに必要な資金の2倍」 を目安に設定し、十分な資金的バッファーを確保しましょう。

事業は多くの場合、計画通りには進まないものです。また、資金の枯渇が差し迫った状況では、投資家に足元を見られ不当に低いバリュエーションを提示される可能性もあります。

次回の資金調達時に十分な資金を保持していられるよう、保守的な資金計画を立てることが重要です。

 

③バリュエーションを見積もる
資金調達のタイミングと調達額が決まったら、各ラウンドのバリュエーションを仮定し、IPO時点での持株比率を試算します。

試算結果を確認し、IPO時点で社内の持株比率が1/3を上回っているか、また各ラウンドのバリュエーションが妥当かを検証します。業績に対して強気なバリュエーションとなるラウンドがある場合は、株価の正当性を説明できるよう、事業計画の見直しが必要かもしれません。

持株比率の希薄化を抑制する手段として、融資の活用も効果的ですので、考慮に入れてみて下さい。

 

シードラウンドでの過度な希薄化には要注意
ここで特に注意すべき点として、シードラウンドでVCに過度な株式保有を許容してはならない点を強調しておきます。

次回ラウンドでもバリュエーションを引き上げつつ追加出資してくれるVCであれば問題ありませんが、そうでない場合、資金調達が行き詰まる可能性が極めて高くなります。

例えば、Pre 1億円のバリュエーションで0.5億円の出資を受けた場合、シードVCの持株比率は30%を超えることになります。IPO時の持株比率を確保するためには、次のラウンド以降で大幅な株価上昇が必要となるでしょう。

その状況で当該シードVCが追加出資を行わない場合、次の資金調達の実現は極めて困難となります。株価上昇の正当性を新規投資家に説明できるほど事業が急成長していれば問題ありませんが、そのようなケースは稀です。

シード投資家だけが大きな利益を得る構図や、事業進捗を熟知する既存株主が追加出資しないと判断した事実、過度な希釈化を許容した経営者の交渉力は、新規投資家にとって重大な警告シグナルとなってしまいます。

勿論、事業モデルや出口戦略次第ではありますが、概して、シードラウンドで25%を超える持株比率を要求された場合には、慎重な判断が必要と考えます。

いずれにせよ、可能な限り多くのVCと対話を重ね、適切なバリュエーションを見出す努力は惜しまないようにしましょう。

 

おわりに

いかがでしたでしょうか。資本政策はスタートアップにとって重要なテクニックです。綿密に練られ実行された計画は、会社の危機を未然に防ぎ、利益を最大化することに役立ちます。

どのような状況下においても、事業成長こそがスタートアップにとっての最優先事項であることは間違いありません。極論を言えば、事業さえ順調に成長していれば、資金面を含め、大抵の危機は乗り越えられるでしょう。

ただし、本稿で述べた通り、資本政策には、決して誤ってはならない重要なポイントが幾つか存在します。ぜひ本稿を一つの参考として、心に留めておいていただければ幸いです。

 

DIMENSIONでは、スタートアップの皆様からのご相談をお待ちしております。いつでもお気軽に、弊社メンバーまでご連絡下さい。

 

>第1回「基礎から学ぶ!起業の手順書 第1回 会社設立の手順

>第2回「基礎から学ぶ!起業の手順書 第2回 創業時の仲間集め

>第3回「基礎から学ぶ!起業の手順書 第3回 事業計画の作成

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