スタートアップ――起業の実践論 第4回 課題発見の実践例(実践に向けた更なる学び)

やりたいこと×得意なことの掛け算は強い

こんにちは。DIMENSIONファンドの伊藤紀行です。

前回のコラムでは、23年4月に1,000億円を超える上場を実現したカバー社を取り上げ、同社の創業期にどのように事業の核を見つけていったのかを考察しました。本日のコラムでは、実践への更なる学びとして課題発見のキーポイントをみていきましょう!

今回のコラムのトピックは以下となります。
やりたいこと×得意なことの掛け算は強い
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競合はいませんは危険信号?
市場は伸びるか、そして、その市場で勝てるかを掘り下げる

本コラムの内容は’23年4月発売の拙著「スタートアップ――起業の実践論」をベースに記述されています。全体版は、同書をご参照ください!

‘23年4月発売 「スタートアップ――起業の実践論」

実際に起業を検討中、もしくは起業したばかりの起業家の方とお会いすると、実は、「なんとなくマーケットがありそうだから」「この市場が急速に成長しているから」など、漠然としたビジョンで突き進んでしまっているケースも散見されます。

ITの発達で起業のハードルが下がり、昔と比べてサービスを生み出しやすくなっています。また、本コラムを執筆中の2023年現在では、資金調達の環境はかつてないほどに整ったものになっており、お金を集めることのハードルもぐっと低くなりました。まだ製品やサービスがなくても、アイデアだけを持った起業家に投資が実行されるケースさえありえます。

しかし、投資家向けのプレゼンだけが非常に上手くても、あるいは素晴らしいビジョンを滔々と語ることができたとしても、それだけでは事業を創造することは難しい面があります。ユーザーの心理を深く理解し(そのユーザーが自分であれば、さらに推進しやすいはず!)、市場にプロダクトをフィットさせる。その過程では、ユーザーの課題を明確に把握することが必須となってきます。
起業家の皆さんのプレゼンを聞いていて、対象とする市場やビジョンはそれらしく聞こえるのに、何かがおかしいなあ、なんだかしっくりこないなあ、と違和感を覚えるときがあります。そこには、課題を自分事として、リアルにとらえきれていないケースがあります。そのためか、そういったケースでは不思議とユーザー数や売上などの指標が爆発的に成長しない結果になってしまうことが多いと感じるのですがいかがでしょうか。

まず自らが取り組もうとしている課題は〝ホンモノ〞か、手触り感を持てているか、誰の、どんな課題を解決しようとしているのか、一度立ち止まって考えてみることをおすすめしたいです。(具体的な仮説検証方法と事例を次回以降に紹介していくので、お楽しみに!)

〝やりたいことをやる。そのために起業する〞という考え方について、賛同する方も多くいらっしゃいます。起業には膨大なエネルギーが必要になるため、自分が心を燃やせるテーマに取り組むことが必要条件であることは間違いありません。また、起業家本人が強い思いを持っている事業ほど事業の肝になる部分での解像度があがり、事業構築のペースも速くなります。また、そういった起業家は応援されやすく、投資家のお金が集まる傾向があることに間違いはないでしょう。

 

“競合はいません”は危険信号?

しかし、スタートアップを起業することは個人としての〝開業〞とは違い、今までになかった事業を起こし、組織をつくっていくことが前提となります。ヒト・モノ・カネをあつめ、並み居る競合を押しのけ、自分たちの事業を短期間で/急速に成長させていく必要があります。やりたいことを突き詰めた先に事業としての成功があるかというと、ことはそんなに単純ではなさそうです。

なぜ、やりたいことをやるだけでは勝てないのか。それは事業成長の過程で必ずぶつかることになる競合の存在が挙げられます。過去の支援先の様子を見ていると、伸びている市場では儲かるとわかるやいなや必ずと言っていいほど競合が参入してきます。

起業家のピッチの中で、

「競合はいません」
「我々が唯一無二です」

というフレーズが出てくると、投資家の頭の中で、〝これはまずいパターンかもしれない〞と警報が鳴り響いているケースがあります。競合がいない=魅力がない市場の可能性があるのはもちろん、自分たちの隣接する領域まで含めて潜在的な競合を認識できていない場合もあります。

あるいは仮に今は本当にいなくても、事業の成長とともに他企業の参入はぐっと増加するケースは枚挙にいとまがありません。事業の成長過程において競合が存在しないことはほとんどありえない。これが現実ではないでしょうか。

そんな中で、どのように競合に対する差別化戦略を構築していくのがよいでしょうか。市場の黎明期において類似のサービスを提供する複数社において、実は真の意味での優位性はそんなに多くは存在しないことが多々あります。Google は後発の検索エンジンであったし、いくつかのSNSが流行した後にFacebook が台頭してきたことはあまりに有名です。日本の例でいえば、メルカリは後追いのフリマアプリであり、2013年頃の日経新聞のフリマアプリ特集ではトップ10にすらランクインしていなかった。(その後、ヒト・モノ・カネを急速に整え、先行する/機能的に大きな差がなかったフリマを追い抜いた経緯は別コラムで紹介)

このように激しい競争の中で勝者と敗者を分けるものは何でしょうか。その1つの回答は、起業家自身が得意な領域で勝負することでないでしょうか。強いWillだけではなく、強いCanがある場所で勝負することで勝率が高められるはずです。劇的な成長をとげるVR市場においてVirtual YouTuberの事業を軸にメタバース領域で急速に事業を伸ばしているカバーの谷郷さんの事例(前回のコラムで紹介)はそのエッセンスを学べる現在進行形のケースとなるので、その背景を改めて確認してみてください。

 

市場は伸びるか、そして、その市場で勝てるかを掘り下げる

投資案件を数多く見ていく中で特に初期段階の投資検討において、投資家目線で特に重要視している2つの視点があります。それは市場が伸びるか、その中でこの会社が勝てるかという2点。

どんなに優れたアイデアも、市場が伸びていく適切なタイミングで実現できなければ、大きな事業に成長させることは難しくなります。あまりに早すぎて、あるいはほんの少し時期が遅れてしまい、市場の勝者になる機会を失ったという事例は過去のスタートアップの歴史の中に散見されます。

起業家の皆さんとの対話の中で、

・自分たちが置かれている市場はどのような市場なのか
・規模と成長性が十分にあるのか
・今が適切なタイミングなのか

といった点はしっかり議論する重要なポイントであり、もし当初のアイデアが十分な規模と成長性を持たない領域にあると判明した際には、可能な限り速やかに別の市場へと転換(ピボット、という言葉がよく使われます)することになります。思いがあるところに道は開かれるという考え方は美しいのですが、市場の大きなトレンドに1社の企業が抗うことは難しく、状況の変化にあわせて柔軟に動ける企業が勝ちやすい傾向があります。今アイデアを構想中の方、初期的な仮説やMVPをもとに事業を検証中の方には特に、自分たちの取り組む領域には十分な大きさがあり、かつ追い風が吹いているのか、定量・定性で必ず検証することをおすすめしたいです。

市場の規模と成長性が十分にあり、〝伸びる〞とわかった後、2つ目の「勝てるか」がポイントになってきます。
これは、

・継続的な競争優位性を構築できるか

と言い換えてもよいかもしれません。

この競争優位性をみるときに、起業家と経営チームが自分たちの得意な領域で戦っていることが肝になってきます。彼ら・彼女らが十分な強みを持っている領域で戦っているのであれば、仮に大手の競合が多額の資金を投入してきても恐れるにたりません。起業家が培ってきた経験・知見が、自ずと競合に負けない一手を紡ぎだしたり、ユーザーのニーズを捉えて離さず、言語化しづらい粘着性を産み出したり、といったことが起こります。

そういった意味で真に恐れるべきは、その領域を同じく得意としていて、最速で市場を獲得することに迷いがない類似のスタートアップかもしれません。彼らといかに戦っていくかについては、次回以降のコラムでみていきましょう。

自身の取り組む事業は、伸びる市場にいるか、そしてその中で勝てるのか。課題発見の初期においてその問いを投げかけてみてほしいと思います。自分だけで客観的な視点を持つことは難しいと思うので、その場合は気軽に相談してください!

次回コラムでは、課題を見つけたあとの初期動作について、具体例とともに紹介していきたいと思います。

 

注釈・参考文献
【出典】
スタートアップ――起業の実践論 ~ベンチャーキャピタリストが紐解く 成功の原則

【参考文献】
「メルカリが〝日本で勝ち切る〞ための戦略は、テレビCM・資金調達・カスタマーサポート拠点開設の3点セット」
 

 

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