#インタビュー
新たなスタイルのチョコレート「Bean to Bar」専門ブランドの先駆けとして脚光を浴びている「Minimal -Bean to Bar Chocolate-」。全くの門外漢だった株式会社βace 代表取締役・山下貴嗣氏が2014年に立ち上げたブランドながら、世界的なチョコレート品評会で日本初の金賞を受賞している。短期間で商品のクオリティだけでなく、一流ブランドを作り上げた山下氏にブランド作りの秘訣や組織づくりについて伺った。(全6話)
門外漢だからこそ見える、チョコレート市場の魅力
──経済性と社会性のバランスはどのように考えておられますか?
前提として、日本のチョコレート市場は現在約5300〜5400億円くらいある大きな市場です。この10年弱で数百億円ほど伸びていて、和菓子を抜いてお菓子カテゴリではNo.1です。さらに世界的に見ると、軽く見積もっても10兆円くらいの市場規模になります。
また、全世界から見たチョコレートの消費割合は欧米で70%、東アジアは中国含めて10%ほどです。これからどんどんアジアやアフリカなどの新興国でチョコレートの消費が増えることを考えると、ますます市場規模は膨らんでいくでしょう。
それだけ巨大で伸びている既存市場が存在していること、さらに顕在化してきている新規市場があること。こういった市場に立脚することは、ビジネスの経済性を考える上では非常に重要だと思います。
そしてさらにいうと、我々の競合を見た時に、非常にたくさんの職人と言われる方たちがしのぎを削っていて、一見「レッドオーシャン市場」に見えるのですが、実は彼らはビジネス色強く、販売戦略をたて市場規模を拡大していきたいというよりは、ただ良いものを作って届けたい、という方が多い。
そうやって競合分析したときに、ビジネス面でしっかりと差別化を突き詰めていければ、この市場は「ブルーオーシャン市場」にも変わり得るのではないかと感じました。
なので、社会性を大切にし続けながらも、経済的に伸びていける市場だと思っています。
──とはいえ、小売業だけでは、なかなか成長に時間を要するのではないでしょうか?
toB、toC両方のビジネスがやれるのがチョコレート業界の構造上、面白い所です。
チョコレート業界は1割が原材料の生地を作って卸す1次メーカー、9割が小売等の2次加工メーカーという2重構造をしています。我々が今は「Bean to Bar」としてここを一気通貫でやっている訳ですが、もし本当に美味しいチョコレートを作れるノウハウを獲得できたならば、必ず1次メーカーとしての引き合いがたくさん来るなと確信していました。
小売業は売れる日もあれば、売れない日もある、経営者としてはリスクの高い業態です。でもtoBになった瞬間に安定収益が作れる。そのため、最初からtoB、toCの二重構造で事業を作ると決めていました。
その戦略のもと、私はこの最初の3年間は3つのことに注力してきました。
1つ目は原材料開発。良い原材料を世界から調達できるようにすること。
2つ目は商品開発。品評会などで賞を獲得し、世界的に美味しいと認められること。
3つ目はブランド開発。自社から発信するストーリーだけでなく、他の素敵なブランドとどんどんコラボし、Minimalのブランドイメージを確立すること。
これをtoCで実現させれば、toBの引き合いが増え、あとは設備投資さえすればチョコレート生地を卸すtoB事業を立ち上げることができます。
ある程度この3つが実現出来てきたタイミングなので、今後はtoBを伸ばしていくフェーズになると考えています。
──経済的なスケールはtoB事業で伸ばし、toC事業で文化をつくる、といったイメージということでしょうか?
そうですね。toBのビジネスが土台として確立できれば、無理して店舗を増やす必要もありません。
店舗展開を急拡大するときの最大の問題は、スタッフの質が下がることです。また、大量生産・大量消費に傾いてしまうので、ブランドのストーリーが崩れてしまう。
飲食業で多いパターンとして、最初にコンセプトがヒットしたら、フランチャイズ展開等で一気に面を広げて、5~10年スパンで売りぬける、といったものが見られます。
たしかにビジネスとしては正しい戦略かもしれませんが、我々は「チョコレートを新しくする」というビジョンがゴールです。100年かかっても出来ないかもしれないけれど、そこに向かって走っています。
なので短期的な経済性ももちろん大切なのですが、ブランドを消費されて本末転倒にならないよう、toCの小売ビジネスは無理して成長を追い求めすぎずにコンセプト・ブランディングを大切にし、toBビジネスで伸ばすと起業した当初からイメージしていましたね。
もちろん、イメージ通りにはいかないことばかりですが。
──無理にtoC事業を加速させることで、ブランドが消耗してしまうのを気にしておられるということですね。
そこはものすごく気にしていますね。
ブランドのファン構造をピラミッドで捉えて、2つのポイントを意識しています。
1つ目はトップをひたすら突き抜けさせ続けるということ。一見効率悪く見えるようなことでも、ブランド価値を高めることにはチャレンジし続けるということです。
例えば、最近東京コーヒーフェスティバルとコラボして、オリジナルの「大人のチョコバナナ」を作って出しました。1回の為だけに暖簾やチョコバナナ台などを作って世界観を作りました。正直単体で見ると採算はトントンなのですが、そういったブランドイメージを向上させたり、ファンが喜ぶようなMinimalならでは取り組みが大事だと思います。それを続けうることでファンの期待が高まり、満たされて、よりブランド力を高めていくと思います。
今後のアイディアとしては、1日1枚限定の板チョコを出してみたり、シェフの秘蔵のチョコレートをテイスティングできるようにするなども考えています。
要は中途半端なことはしない。Minimalにしかできない面白いことを採算度外視でもやっていきたいなと考えています。
2つ目は、ブランドの質のボトムラインを下げずに、ファンを広げ続けること。
ファンが増えるからといって、安易に安売りしてはいけません。ブランドの質担保とスケールを両立することが大事で、そのためには人材の育成しかないと思っています。
スケールする上では、人の成長が一番の制約条件になるので、ここを愚直にやること。逆に人の成長が追いつかないスピードでの事業成長はブランドの質を下げることに繋がると思っています。
この2つポイントは振り子のようなもので、人の成長が追いついていない中で、トップの質を突き抜けさせることばかりやっても、バランスが崩れてしまいます。
なので社員にも、時間軸を見据えながらクオリティとスケールの間で振り子のように振れながらブランドを成長させていっていることを明確に伝えるようにしています。「いまはクオリティを上げる時期」「いまはスケールを追う時期」といったように。
このような意識を経営者自身が持ち、意思決定し続けることがブランドを消耗させない秘訣だと考えています。
──グローバル展開に関してはいかがでしょう?
まずは日本とアジアの市場で独自のポジションを築き、しっかりと基盤を固めていきたいです。
この10月から香港にも進出を開始しました。やはりアジアの豆も使っているし、東京で作っているので、輸出には有利な面も多いと感じてます。なので、この成長市場で成長することを意識しています。
とはいえ、やはり最大市場である欧米は見過ごせません。今後3~5年で、確実に展開していきたいと考えています。
日本人のきめ細やかさをシーズにしながら、世界の人たちに新しい価値を提供していき、それが文化になっていくといいなと思います。とはいえ文化を作り出すには時間がかかるので、死ぬ間際に「ブームがきたね!」と笑って死ねたらいいですね。(笑)
論理の奥に潜む、感性を信じる
──山下さん個人が起業家として、普段生活の中で意識していることはありますか?
「Slave of Curious」(好奇心の奴隷)でありたいなと常に考えていて、新しいものをどんどんインプットしていくことを大切にしています。所詮、私の頭で考えることなんて狭くてレベルの低いことだと思っていますから。
もうひとつは「感情と勘定」です。
0→1のビジネスにおいて、ロジックで人を説得するというのはあまりいいことでないような気がしています。ロジックで説明するには、いままで誰かがやったことがある、といった事実を根拠に納得してもらう訳じゃないですか。
でもそのような事実があるということは、自分以外の9割9分の人間が同じことを思いつくということです。もしそういったビジネスを始めたら、すぐに競合が現れるはずです。
ですから、論理の奥に潜む感性や、「何だか知らないけど、これってすごく気になる」という好奇心、感情を大事にしています。
Bean to Barを始めようと思った時も、最初はロジックではなく、なんとなくの直感に従いました。
そう考えると、万人受けするものより賛否両論分かれるくらいのアイデアがいいと思っています。実行するのは怖いんですけどね、論理で説明できないことって。バランスが重要です。
──最後の質問ですが、このメディアの読者層でもある若手起業家へメッセージをお願いします。
考えながら走り、走りながら考えてほしいということですね。
私の所にも「起業したい」と相談してくる方は多くて、みんなとても博識なんですよね。でも、「それ、やってみた?」って聞くとやってなかったり、「何が聞きたいの?」と尋ねたら「いや、全然わかんないっす」と言われたり。極端ですけど、若干アンバランスな方が多い気がしています。
思考と行動のバランスをしっかり持って、そのサイクルが早くなればなるほど、起業が成功する可能性は高くなると感じているので、是非その点は意識してほしいなと。
あとは失敗を恐れる必要はありません。どうせ必ず失敗するので(笑)。
でも、そこで過去や感情といった変えられないものにとらわれて足が止まったり、思考を止めてはいけません。失敗から何を学び、どう変えていくかという方向に早く目を向けてほしいなと思います。
私は起業家として素質がある方じゃないと感じていますが、それでも3年間生き残れています。思考と行動を両方素早く回していくこと。失敗で足を止めないこと。これがやり切ることができれば、きっと上手く進められるのではないでしょうか。
>第5話「元組織づくりのプロが語る、ブランドを支える人材の育て方」に戻る
>Minimal公式HPはこちら
著者 小縣 拓馬
起業家向けメディア「ベンチャーナビ」 編集長。玩具会社のタカラトミーを経てDIに参画。ビジネスプロデューサーとして、主に国内ベンチャーへの投資・事業支援・戦略立案を担当。 ~「More than Meets the Eye」 これは玩具会社時代に担当していたトランスフォーマーというシリーズの代表的なコピーです。見た目だけではわからない、物事の本質に焦点を当てること。そんな想いで記事を提供していきたいと思っています。~
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