「獺祭」を世界へ広めた”自称営業部長”とは?旭酒造株式会社 桜井一宏社長のマーケティング手法(第2話)

お客様との交わりの中に秘訣がある

ーーやはりどのビジネスにおいても集客面はすごく大事だと考えています。貴社の場合ですとB向け(飲食店)とC向け(消費者)のお客様どちらもあると思いますが、それぞれに対して上手くいった集客の施策を教えていただけないでしょうか。

飲食店や酒屋というのは、お客様に対して一番相対していただくという意味でも私たちにとって大事なパートナーなのですが、その前提の上でやはり優先順位として大事なのはC向け(一般のお客様)だと思っています。

結局、飲んでいただけないものをお店にどれだけ売り込んでも、営業として短期的には成功しても長期的には上手くいきません。なので、一般のお客様にどこまでご評価いただけるかというのが大きなポイントになります。

実際、山口県から東京に来た頃も一般のお客様の存在がすごく大きかったです。

東京にいる山口県出身者の方々にとって、地元のお酒って愛着が湧くじゃないですか。そんな中で当時あまり東京には山口県のお酒がなかったんです。新潟県や東北地方のお酒は地理的にも近いのでたくさんあっても、山口県や西の方のお酒は関西で止まってしまうことが多かったのです。

私たちは山口県で勝負することを避けましたが、結局山口県出身の人が支えてくれて愛してくれて、いろいろな県に伝えていただいたっていう部分が大きかったんです。

 

ーーコアな最初のファンになっていただくということですね。

そうですね。それは海外も同じでした。

私はニューヨークの一番最初の担当になりました。最初はB向けに対して営業することが結構多かったのですが、そのやり方が上手くいかず徐々にそこが変わっていき、一般のお客様向けに「酒の会」をたくさん開催していくようになったんです。そこで私たちの獺祭に惚れ込んだお客様というのが存在としてすごく大きかったんですね。

駐在の日本人の方もいらっしゃいましたしアメリカ人の方もいらっしゃったのですが、その人達がいろいろなお店に行って「お前んとこ獺祭ないの?」って聞いてくれるわけなんですね。

本人としては自分が飲みたいお酒を聞いているだけなのですが、仕入れるお店からするとある意味一番いい営業じゃないですか。

よく「自称営業部長」と言っているんですけど、そういう存在が東京だと山口県出身者の方でしたし、ニューヨークだと酒の会で知り合った人でした。

「良いお酒ですよ」と私たちが言うよりも、お客様側から「いいお酒だから扱ってよ。お店に入ったら俺飲みにくるよ」と言うとお店としてはそちらの方が大きい。

そういうことを繰り返して伸びていきました。

 

また、最初に攻めたのがニューヨークだったことが結果的によかったのは、ニューヨークはジェットセッター(自家用飛行機で世界中を飛び回る人)が多くて、みんながさまざまな場所へ行き来しながら情報発信していくんです。自称営業部長が旅してくれるんですよ(笑)。

「来週ロンドンに行ってくるけど、ロンドンではどこでお前の酒は飲めるの?」「あんまり無いんだよね」って言うと、その翌週あたりに「ロンドンの行きつけの寿司屋に行ったらなかったから文句を言ってやった。売り込みに行け!」って言われるわけなんです。

そういった繰り返しはすごく大きかったと思いますし、私たちはいまだに「獺祭の会」という酒の会をやっています。これまで東京・大阪・北海道、フランス・上海・ニューヨークと、国内外さまざまな場所で開催させていただきました。

数百人規模の会で開催しますので、当然持ち出しも多いし手間もかかります。パーティーとしての完成度を追求すると、イベント会社を入れたいという風になってきますが、そこをほぼ入れずに内製化するというのもこだわっている部分かなと思います。

手間もかかるのですが、そこで一般のお客様に飲んでいただいて、私たちの想いを伝えて、ファンになっていただく。そのお客様に対する手触り感がいかにその後大事になるかを理解しているからこそやっています。

お客様との交わりの中にビジネスが伸びていく秘訣がある。これはあらゆるマーケティングにおいて恐らく共通の部分なのかなと思っています。

 

「お客様発信」を引き出す工夫

ーーSNSなどの登場でPRや集客へのお考えが変化した部分もあるのではないかと思います。リアルでの交わりを大事にされている中で、今後変えていきたいことなどのお考えはありますでしょうか。

SNSへの対応に出遅れた部分はあると思います。

不特定多数に対してのブランディングにSNSを使っていくことをあまりやっていなかったですし、インスタ映えなどをお客様が求めていくという方向性がある中で、自分たちが地道にパーティーをやっていることが野暮ったくなってしまう部分も感じています。

結果的に自社発信のSNSが弱いという自覚はあるのですが、リアルの施策と同じで「お客様発信」のコンテンツの方が結果的にうまくいくんですね。

それこそSNS運用を会社に依頼して、「綺麗な写真の方がお客様の惹き付けがよくなって伸びていく」といった話を海外ではよく言われましたし、やってみたこともあるのですが、やっぱり上手くいかない。

それはなぜかというと、自分たちの手触りがある形でやっていかないことが、お客様にも見透かされるからだと思っています。

もちろん写真が綺麗とか、文章的に洗練されてるのはベターだと思うのですが、その上位概念として会社や社長の想いを素直に見える化すること。

特に嗜好品はその部分が大事になってくると思っています。

 

ーー貴社は海外にも広く販売されていますが、海外と国内で販売の比率はどういった状況なのでしょうか。

今、免税店を含めると半分半分にギリギリ届かないくらいではあるのですが、実は、海外比率を意識的に抑えざるを得ないと思っているんです。

それは、出し過ぎると市場を壊してしまうことがあるからです。

例えば、つい最近中国へ行った際に「以前ウイスキーがブームだったけれど、そのブームにかげりが出て日本酒自体もコロナで調子が悪い。でも獺祭がすごく絶好調なので、今よりもっと出したい」という話をされたんですね。

それを聞いて私たちは「これはいかん。量を減らそう」と考えました。市場が良くない環境で過剰に伸びているって、何か問題があると思うんです。

実際にいろいろな飲食店に行ってみて冷蔵庫を見ると、どうも怪しいんですね。要は他が弱いから安牌として獺祭にいきたがる状況にあって、結果的に市場が飽和してしまっている。

また国内においても物流と情報伝達が進化した結果、並行輸入もすごく多い傾向にあります。

そういった状態が進むと市場が崩れてしまうという感覚がありますので、シグナルを感じた地域は出荷量を意識的に抑えていくようにしています。

恐らく国内外ともに欲しいと言われるがままに出したら、短期的には今の1.5倍くらい急速に伸びると思うのですが、同じく急速に落ちるでしょう。

市場が壊れないように見極めながらアクセルブレーキを踏み分けし、抑えるべきところは抑える。故に海外販売比率は45%くらいに抑えようとしているところです。

 

 

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著者 伊藤紀行

著者 伊藤紀行

DIMENSION Business Producer:早稲田大学政治経済学部卒業、グロービス経営大学院経営学修士課程(MBA, 英語)修了。 株式会社ドリームインキュベータからDIMENSIONファンドMBOに参画、国内のスタートアップへの投資・分析、上場に向けた経営支援等に従事。主な出資支援先はカバー、スローガン、BABY JOB、バイオフィリア、RiceWine、SISI、400F、グローバ、Brandit、他 全十数社。 ビジネススクールにて、「ベンチャー戦略プラン二ング」「ビジネス・アナリティクス」等も担当。 著書に、「スタートアップ―起業の実践論 ~ベンチャーキャピタリストが紐解く 成功の原則」

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