#インタビュー
「酔うため、売るための酒ではなく、味わう酒を求めて。」をビジョンに掲げ、「獺祭」(だっさい)を国内外へ提供する旭酒造株式会社。同社代表取締役社長 桜井一宏氏に経営者の素養、市場との向き合い方などについて聞いた。(全4話)
「逃げ足の速さ」「失敗を認めること」「ミーハーさ」
ーー桜井社長にとって、経営者として重要な素養とは何でしょうか。
「逃げ足の速さ」「失敗を認めること」「ミーハーさ」です。
これは私の原体験というより、先代の桜井博志氏(現会長)を見てきて、ここが絶対必要だと思った素養です。
一つ目の「逃げ足の速さ」は、「方向転換の速さ」とか「後戻りできる力」とも言えるかもしれません。
私自身は、始めるのも、そこを見切るのもまだまだすごく早いといえません。ただ、そうなろうと努力し続けています。
例えばコロナ渦の中で、山田錦を食用として販売してみたり、エタノールに山田錦を使ってみたり。なかなか物になったものは少ないですが、そこで色々と動いたことが会社としての前向きさを保ってくれ、後になって繋がっていく部分も多かったりします。
なので色々やってみること、そして見切りを早くすることがまず大事なことだと思ってます。
桜井 一宏/1976年生まれ
山口県出身。早稲田大学卒業後、東京にあるメーカーへ就職。2006年、旭酒造株式会社に入社し、常務取締役となる。2013年より取締役副社長としてニューヨークなど海外マーケティングを担当。2016年9月、代表取締役社長(4代目蔵元)に就任。現在に至る。
もう一つは先ほどの「逃げ足の速さ」にも繋がるのですが「失敗を認める」ことだと思います。
一番失敗を認めにくい状態としてありがちなのが、成功しない状態のとき。
例えば3年という期限を区切っているんだけれど初年度から「これは絶対うまくいかないだろう」と感覚でわかることがあると思うのですが、なかなかそういう時って認めづらいし、方向転換しづらいんですね。
どちらかというと「3年間という期限もあるし、駄目と思っていてもそこまでは頑張ってみよう」とか、上手くいかせるために必要以上に労力をかけようとなりがちで、やっぱりそれは良くない。
将来的に成功しないものは「失敗」と認められること、そして逃げ足速く方向転換できることが2つ目に大事なことだと思っています。
最後の一つは、「ミーハーさ」です。王道を恐れないと言い換えてもいいかもしれません。
すごく高尚なものとか一般ウケしないものの方が格好いい気がして、そちらに行ってしまうっていう方も多いかと思いますが、やっぱり王道、直球ど真ん中、一部の通でなく多くの人に意味があるものは事業にとって大きな鍵になると思っているんですね。
なので、自分達がミーハーに好奇心をもってやっていく。その結果ダメなことも多いけれど、その時は「ダメだったらダメですぐに引く」というのを繰り返していく。
そうすると事業が非常にブラッシュアップされていきます。
そういったことが、結果的に私どもが会社として上手くいった部分に結びついているなと思いますので、経営者にとって一番大事な要素だと思ってます。
ーー「逃げ足の速さ」という言葉を頂いたのですが、社長の中で「こういう時はもう引いた方がいい」といった基準などありますでしょうか。
まず一つには、どう考えても筋が悪いというのはありますし、それは本能や感覚的なものを大事にするという部分だと思うんですね。
例えば「今回前年比99%だったけど、多分感覚的に来年は95%くらいに下がるよね。」みたいな、数字上はそんなに大きく減ってるわけじゃないけども、絶対ジワジワ下がっていくだろうと感じることがありますよね。
数字で決めたラインというより、感覚的な基準の方が大きいと思っています。
もう一つは、そこに関わる”人”の部分。
例えば、「この人は3年間歯を食いしばってトライアンドエラーを繰り返して何とかやってくれそう」という場合と、「この人はこのまま3年間ズブズブっといっちゃうな」という場合など、責任者の熱量と覚悟の部分は大きいと思っています。
逆に言うと、本人が失敗を認めて「今上手くいっていないのはこういう根拠が原因だと思うのでここを変えようと思います」と言っていれば、仮に数字が落ちていても上がる可能性があると思うので任せることができる。
「いや、色々あってうまくいっていないだけなんです。でも私は頑張っています。」というような、責任者が失敗を認めない場合には絶対引くしかないなと思いますね。
責任者がやりきれる、なおかつ失敗という状況を認められているかはとても大事なポイントだと思っています。
”廃棄ラベルの山が遺産”。負け組から獺祭誕生への軌跡。
ーー最初は商品を誰も知らないところからちょっとずつ育てていくという過程が多くの会社においてあると思うのですが、貴社が今の地位に至るまでのターニングポイントはどういったところだったのでしょうか。
よく「はじめに市場を研究し、その後に獺祭が生み出され、そこが評価されて伸びた」のようなマーケティングやブランディングといったビジネス目線で見られることが多いのですが、実際には違うんですね。
ご存知の方も多いかもしれませんが、私たちは山口県の中で負け組の状態にありました。日本酒業界自体ずっと下がっていた中、私たちの落ちるスピードの方がもっと早かった。
地元に私たちより規模の大きな酒蔵さんや営業力の強いライバルもいましたし、お酒自体も徐々に物流や規制が緩くなってきて遠隔地の大手メーカーさんがどんどん入ってくるようになりました。
そういった厳しい状態の中、色んな地域に会長が商品を売り込みに行き、東京にある幾つかの飲食店さんや酒屋さんが興味を持ってくれて、東京市場に足掛かりができたんです。
「山口県ではどんどん落ちているわけだから他でやっていくしかない」と一生懸命やっていった結果、その先には「品質重視」の市場がありました。
行き着いた先の市場が付加価値を求める市場だったからこそ、獺祭が生まれていったんです。
ただ、品質を追いかけていかなければならない中で、私たちの酒蔵自体は品質を追求するリソースがない状態から始まりました。
当時は大吟醸が「幻のいいお酒」と言われていましたので、それをどうにかしたいということでまずは杜氏に大吟醸の作り方についての文献を渡し、知識を提供して共に品質追求を目指しました。
なおかつ条件を整えるために良いお米を使いたいので、山田錦をどうにかして手に入れてきて、それを磨いていくという方向にだんだん集約されていったんですね。
杜氏としては今までやってきた形を否定されたわけですから、結果的に私たちの経営が厳しくなった時に会社を離れてしまい、杜氏がいない状況になったんです。
そうなると「前の方法がいい(普通酒メインの酒造り)」という勢力がいなくなって、ある意味何も知らない社員だけになりました。経営者の方針に素直についてきてくれる形になり、結果的にそれが山田錦を使う酒蔵化を加速していきました。
結果的に「獺祭」というブランドのみになり、市場としては大都市に入って伸ばす成功体験を経て、その延長線上として海外へ。現在の「海外や都市部に強く、大吟醸山田錦のみ」という変わったタイプの酒蔵になっていきました。
会社に戻った当初に資材置き場の棚卸をしていると、海のものとも山のものともつかない商品のラベルがいっぱいある。地元向けのオリジナルのお酒もありましたし、濃いめの純米酒や本醸造もあった。色んなものをやっていって、ダメダメを繰り返し、「逃げ足の速さ」を活かして今の形に集約されていったと理解しています。
そういう意味では「廃棄ラベルの山が遺産」だと感じています。
ーー外から拝見するとすごくきれいな成長曲線を描かれてるように見えるのですが、実際には紆余曲折あったということですね。
そうですね。「一番最初のブランディングはどこのコンサルにお願いしたの?」とよく言われるんですよ。
売上で言ったら今の酒蔵の100分の1以下という状況でしたから、偉いコンサルの先生に頼れるお金なんて当時は全くありません(笑)。
資源が限られていたことで、いろいろなものをやり、すぐ足を引く。資源がない状態だったからこそ、逃げ足の速さが培われていったんだろうという風に思います。
ーー会社が大きくなられた後も「動きの速さ」みたいなものは維持されてるところがあるのでしょうか。
今も維持はされていますが、ただやっぱり会社の母体が大きくなるにつれて「失敗しても会社が死にやしない」というように、徐々に鈍感になっていく部分も感じています。
放っておくと、明確に失敗するまで粛々と最初に決めたものに向かってしまうようになる。そして会社としても弱くなっていく。私自身もそういうタイプだと思っていますので、「失敗を認め」「逃げ足速く」を常に意識してメンバーには話をしています。
同時にそうすることで、失敗というものに対して心理的抵抗も少なくなります。「やってみてダメだったら引こうよ」とか「まずはやってみようよ」という雰囲気が社内で浸透していますので、意見も出しやすいし変化もしやすい。
経営者個人としての意識だけでなく、そういった組織風土を醸成していくのが大事だと思います。
>次のページ「「獺祭」を世界へ広めた”自称営業部長”とは?旭酒造株式会社 桜井一宏社長のマーケティング手法(第2話)」
DIMENSION 編集長
「人・事業・組織に向き合い、まっすぐな志が報われる社会を創る」をミッションに、真摯に経営に向き合う起業家に創業期から出資し、事業拡大・上場を支援する国内ベンチャーキャピタル。
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