#インタビュー
「酔うため、売るための酒ではなく、味わう酒を求めて。」をビジョンに掲げ、「獺祭」(だっさい)を国内外へ提供する旭酒造株式会社。同社代表取締役社長 桜井一宏氏に経営者の素養、市場との向き合い方などについて聞いた。(全4話)
”幻の酒”は3年で消える
ーープロダクト展開をしていく時に、多くの方に受け入れられると希少性による訴求力が落ちてしまうこともあるかと思います。そういったバランスってどのように考えられていますか。
これは答えがないものだと思いますし、私たちも今の数量が適正だとは思っていません。過去に戻ったらもしかしたら7割ぐらいに量を制限しておいた方がやりやすかったんじゃないかとか思う部分も当然あるんですね。
特に獺祭って「他にあるからいいよ」という話もされますし、数量が増えることによっていろいろなマーケットに目が届きにくくなって市場が崩れやすくなるというのも事実なんですね。
ただ、国内だけでなく海外も伸びた理由の一つとして、「供給した」ことはとても大きいと思っています。
どれだけ希少価値があって欲しいと言われても、年間1本しか分けてもらえないお酒をビジネスの根幹には組み込めないのもビジネス上は正直な話です。
需要に本気で対応してくれるんだという意識がある、というのはパートナーのモチベーションに大きく関わると思います。先ほどの海外の量を抑えようという話とは矛盾する部分もあるとは思うんですが、やはりビジネスとしてパートナーがうまくいくことを考えたら、量を供給するというのは大事な話ですから。
特にプロダクト系では、ブランディングを重視するがゆえに量を抑えてしまって、一部の人は知っているけれど一般の方は全く知らないから全然売れないというパターンはよくあります。
「幻の酒」ってよく言いますけど、3年くらいで消えるんですね。幻を重視しすぎて手に入らないので、みんなが忘れてしまう。SNSをあまり活用しない前提に私はお話ししていますので、もしかしたらその部分をSNSに代替して、知名度を上げていくというのは手段としてなくはないと思いますが。
弊社の場合、現在アメリカをより本腰を入れてやっていこうとはしてますが、まだ時間はかかると思っています。
飲用体験が良くなかったら結局は売れないと思いますし、ある程度自分たちでコントロールできる「このお客さんに届けたい」という範囲までは供給を広げていくというのは大事かなと思っています。
ーー価格という面でも、海外向けと国内、使い分けられる場合も多いかと思います。そこをどのように決められるかという指針などはあるのでしょうか。
当然、海外の値段を徐々に上げていきたいというのは確かですが、流通業者であったり関わってない方から「一気に価格を上げたらブランディングができるよ」と声をかけられることがよくあるんですね。
確かに「高いから買う」というのも存在するのですが、それは諸刃の剣だと思っていますし、価格を上げることによって本当にお客様が捕まえられるのか、今のお客様が買ってくれるのかというのを見ていかなきゃいけないと思っています。
現地に社長が行って、実際に現地の人に何人か話を聞いて、最終的に社長自身が値決めを考えないといけないと思います。
例えば中国の場合、「値段が上がったら買う」とか「2番目の値段のものよりは1番高いものを買いたい」っていうのが多い市場です。
値段が下がるイコールブランドの価値が落ちていくことが多いので、私たちも中国で値段を下げることには敏感ですし、まだまだ価格による訴求というのは大きいと思っています。
ただ、その微妙なさじ加減を見極めるには現地へ行った方がいい。
倍に上げるとかではなく、もしかしたら1万円が1.7倍とか1.65倍が適しているかもと見るためには、現地に行くなりして、一番中心になる消費者を見ていくのが大事だと思います。
自分たちのライバルを自分たちで作る
ーー今後の貴社の展望をお聞かせください。
私たちはとにかく本気で、”日本発のブランドとして世界に挑戦して勝っていく”というのを目指しています。
その目線で見ると、まだまだ日本酒って「日本食のおとも」なんです。
日本酒ブームと言われますが、実は日本食が伸びているからその恩恵に預かって、そのおともで日本酒が一緒に飲んでもらえているという枠を抜け切れていないんですね。
世界に通用するブランドになるためには、そこの壁を越えなければいけない。
オリエンタルなもので終わるのではなくて世界に広げていきたいと思っています。その旅の一つがアメリカの酒蔵です。
よく「現地工場を作ったの?」と言われるんですが、あまり現地工場という意識はないんですね。現地工場で考えるのであれば、コストの高いニューヨークで造ることはしませんから。
実際にはその文化を発信したり、その市場に食い込んでいったりするための前線基地だと思っています。
ただやっぱりまだまだよそ者扱いですので、そうではなく「現地に根ざした彼らに近いもの」として酒が食い込んでいく、そのために実際にそこで作って出していく。全く環境が違う中ですが、獺祭と同じ味でブランド名も「DASSAI BLUE」っていうちょっと違う名前で、最高のお酒を求めてやっています。
ある意味、自分たちのライバルを自分たちで作っていると言えるかもしれません。
切磋琢磨を繰り返しながら、アメリカも市場にきちんと食い込んでいく。ニューヨークですから、地理的にアメリカ中へも、ヨーロッパに関しても発信していけます。
そうやってお酒というのがもっと”身近にあるラグジュアリーなもの”として認めてもらうことが、私たちが今目指していることです。
当然、世界中に出て行って日本のブランドとして戦っていくと、一番の敵はシャンパンやグラスワインになりますよね。
シャンパンやワインって、「ロマネコンティが1本何十万円のものがあるよ」とか「このシャンパンがオークションでこんな金額になったよ」といったことがあると思うのですが、そこに挑戦していかなければいけない。
ラグジュアリー市場という言い方が適当かは分かりませんが、より付加価値のついた高級なお酒にも踏み込んでいかなくてはいけない。
しかもワインみたいな日本酒を作ったり、シャンパンみたいな売り方をして挑戦していくのではなく、日本的な価値、日本酒としての価値を引き出してそこに挑んでいかないといけないと考えています。
私たちは日本発のブランドとして世界に通用するブランドを作っていきたいと思いますので、ワインの真似をして売っていくわけにはいきません。
ーー日本的な価値とは、具体的にどのようなものでしょうか?
例えばワインは「熟成何年もの」っていうのがありますよね。
そうではなく、私たちは「日本酒はおいしい時にすぐに飲んでもらおう」という価値観を持っています。
これって、日本的な四季の移ろいや旬のものを楽しむとか、桜の花のようにすぐ消えていってしまうものに価値を求めるっていう日本的な考え方からきています。
この価値観を認めてもらうにはどうやればいいかを一生懸命考えていく。
実は初任給を上げたことも、ここに繋がっています。
日本の価値観を認めてもらうためには、まだまだわたしたちが一皮二皮剥けて、いいものを作っていかなきゃいけない。そうなると、それを作る職人には、対価をきちんと払わなければいけない。
とにかく今後も本気で海外で勝ちにいきます。
そして日本人として誇りが持てるような、世界の市場の中で日本酒や日本文化の立ち位置をつくっていこうと思っています。
今、アメリカの酒蔵に次いで、山口県にもう一つ酒蔵を作ろうと計画中なんです。
それは今の量を倍増やそうというわけではなくて、今の10分の1ほどの量で、高級な、磨き込み抜かれた「いいお酒」に特化した酒蔵。
そこに精鋭の職人を集めて、より突き詰めて良いものを作っていくことを目指します。
そういった場所を作ることによっても、より私たちの考え方を世界に発信しやすくなると思っています。
DIMENSION 編集長
「人・事業・組織に向き合い、まっすぐな志が報われる社会を創る」をミッションに、真摯に経営に向き合う起業家に創業期から出資し、事業拡大・上場を支援する国内ベンチャーキャピタル。
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