#インタビュー
人々の潜在能力を向上させ、癒しを与える新世代の家庭用ロボットを開発するGROOVE X。2015年の設立以降、多額の資金調達にも成功している今注目のスタートアップ企業だ。同社のCEOであり、ソフトバンクの孫正義氏の誘いに応じて「Pepper」の開発にも携わった林要氏に、起業家としての心得やチームマネジメントの極意について聞いた。(全6話)
「Pepper」を生み出した多彩な人材のマネジメント法
――林さんが関わった「Pepper」は成功事例としてロボットの新常識を切り開いたように思います。Pepperを生み出すことができた要因はどこにあるとお考えでしょうか?
「Pepper」の時に良かったと思ったことは、多種多様な人達をチームに入れたということです。多彩な人達を入れるのは普通はマネジメントしづらいので、嫌われますよね。でもあえて、計画的に多彩なメンバーにしたんです。おかげで、メンバーの中から予想だにしないような議論やアウトプットが出てくるようになりました。
――仲間集めに基準は設けなかったんでしょうか?
「多彩な人達」といったって、誰でもかれでも適当に集めればいい訳じゃありません。トライ&エラーしている間に、「コンセプトに共感している」「各分野での一流である」「コミュニケーションが出来る」の3つの要素が揃っているメンバーが残りました。
メンバーの中に、この3つの要素のうち1つでも欠落している人がいると、多彩な人達を集めたとしても、単なる主義主張のぶつかり合いに終始してしまいます。しかしながら3つとも揃っている人同士であれば、最後は何らかの結論が出るんです。お互い、相手の言っていることに刺激を受けて、さらにブラッシュアップされた意見を出してくれる。いわば自分の脳の中も外も使って考えを発展していく、というイメージです。
この多彩な人達のアイデアが集まって「Pepper」に繋がったように思います。
メンバーのパワーを引き出す「1.5か月PDCAサイクル」
もう一つ、意識的にやっていたのは「1.5か月PDCAサイクル」ですね。
「とにかく長期の計画を細かく立てすぎない。逆に、比較的短い期限でスケジュールを切る。」ここで重要だったのは1.5か月というスパンと、管理し過ぎないということでした。
まず1.5か月というスパンであれば、メンバーが全力を出し切れる。長過ぎずちょうど良い。そして、実行の中身を管理し過ぎないことで、たとえ方針転換が起きたとしても柔軟に対応できる組織になった気がします。
例えば、「1.5ヶ月先に孫さんへのプレゼンをやるから、大体このぐらいやっておかないと満足して貰えないよね」という話をすると、皆それぞれ色んなことを自ら考えてやり出す。そして大きな方針転換があったとしても、ざっくりとしか計画が無いから、あまり動じない。
こういう方法ってパワーが出るんだなぁとPepperを開発する中で経験則で思っていたのですが、起業する時に勉強した際に、実はこの方法が「アジャイル開発手法」というよく知られたやり方であることを知りました。そして、その中に「スクラム」という、組織のあり方にまで言及し体系化している手法があることを知りました(スクラムとは、リーダーが期限や予算・権限を区切ってメンバーにトップダウンで指示を出す「ピラミッド型」組織に対して、フラットな自律型組織でプロジェクトごとに機動的に役割を持ち連携する組織マネジメントスタイル)。
日本生まれの「スクラム」型マネジメント
――実際にその「スクラム」型マネジメントを実践するうえでに、上手くいく秘訣はどこにあるのでしょうか?
重要なのは、メンバーがスクラムの有効性を「信じること」ですね。
スクラム自体は方法論ではなくて、「人は何をしたら動くか」という経験則が体系化されたものです。しかし一般的な「ピラミッド型の組織」のマネジメントに慣れている人は、その有効性をなかなか信じることができない。
GROOVE Xではまずソフトウェアエンジニアから成功事例を出すことで、ハードウェアエンジニア、ビジネスサイドへと「信じる」人を増やしていっています。
――それはまさに冒頭(第1話リンク)におっしゃっていた「非常識な真実」が組織マネジメントにおいても当てはまっているということですね。
そうかも知れませんね。数か月前まで「スクラムなんて無理だ」と言っていた人が、今や立派にスクラムの心と可能性を語れるまでに成長しているケースもあります(笑)。
――どのくらいの頻度で成果コントロールをしているのでしょうか?
2週間ごとに成果をシェアすることにしています。といっても、あくまで「成果の出た人が見せていく」というスタイルです。重要なのは2週間おきに何かを達成することそのものではなく、自分の決めた期限に対して自分で頑張れること、そしてそれを着手前と着手後で他の人とシェアできることだと考えています。
たとえば、営業主体の会社であれば、営業が頑張って目に見える売上さえ上がっていれば、どこの部署の人達も幸せになれますよね。でも、GROOVE Xのように製品をリリースするまでずっと潜り続けているような企業は、すぐには未来が見えないので、社員が「大丈夫かな」と不安に駆られてしまいやすいわけです。
それを防ぐために、スクラムのメリットをフルに活かして誰かがやった仕事を全員にシェアするんです。全く別の部門の人のやることって、まるで魔法に見えるんですよね。ハードウェアのプロの仕事はソフトウェアのプロにとっては魔法だし、逆もまた然り。隣にいる魔法使い達の操る魔法を見て、スタッフが皆、不安を癒していくんですよ。
――この「スクラム」マネジメントの手法は他企業で取り入れても上手くいくとお考えですか?
スクラムを取り入れたから良いということは無く、それぞれの企業に合わせた最適な組織構造から考えていくことが重要だと思います。
例えば、営業系や生産系の会社では「ピラミッド型」の組織が非常に効率的にワークします。社長も各部門のトップに「予算と期限はこれで、この結果を出せ」と指示さえ出していれば良い。
一方で、GROOVE Xの開発部門のように、よく方針が変わるようなケースでは「スクラム」などのアジャイル開発手法の方が機能する場合が多いかと思います。
これは何故かというと、たとえば「ピラミッド型」組織では、セクショナリズムと呼ばれるような、自セクションを守るような動きが生まれます。そして、結果的に方針が変わる度に自らの領域を”狭める”方向に組織は動きます。
その対策として必要となるのが組織と組織の境界と守備範囲をきちんと定義する「ルール」です。「この仕事はそちらの組織の管轄です」といったものですね。これによって、組織と組織の間を埋めることができていれば、「ピラミッド型」組織でも何の問題もありません。
ただし、一つだけ落とし穴があって、先ほど申した通り、よく方針が変わるような企業では、「ルール」が決まっていない範囲が頻繁に出現します。そして、しばしばそれは見過ごされてしまう。気付いたころにはお互いその部署間の隙間は拾わないと心に決めてしまっていて、誰も前向きにフォローできなくなり、組織間の亀裂が生じるといった事態が起こるわけです。
その点、スクラムのように責任分解点を流動的にし、仕事の期限にも幅を持たせるような組織運営であれば、タスクに安心して取り組めるので、変化への対応力が高く、組織間の亀裂が出来にくくなります。
でもトップダウンで引っ張れず、自律的な行動に任せるスクラムで成果を本当に出せるのか、というと、そこはメンバーのモチベーションをあの手この手で上げ続けるしかない。誰か特定の人に指示を出したり、叱ったりしていれば済むということはないため、結果的に経営者にとっては非常にタフな組織マネジメントスタイルとなります。
事業方針がよく変わるような会社で、かつ経営者がタフなマネジメントを求められることを覚悟できるのであれば、スクラムのようなマネジメント手法も選択肢にあるのではないでしょうか。
――お話を聞いていると、トヨタ、ソフトバンクと全く畑が違う組織を経験された林さんだからこそいきついた答えのように思います。
そうですね。トヨタとソフトバンク、あんなに社風が違っているのに、組織として起きる問題は一緒なんですね。そうなってくるとこれは決して誰かが悪い、ということではなくて、人間の集団行動における組織システム上の問題だと思ったんです。
一方で、スクラムを始めとしたアジャイル開発で上手くいっている組織がアメリカにはある。そして実はこれらの組織論は元々日本から生まれたものなんです。 日本の高度成長期に上手くいっている会社の解析をしたものを野中郁次郎氏(日本の経営学者)がまとめ、ハーバードビジネスレビューに投稿したことがきっかけになって生まれました。
アメリカでは体系化されて実践されていったのに、日本は自らの成功例を体系化する事はできず、結局今になって逆輸入のような形で展開されはじめているわけです。日本の企業もいまいちど、組織論について真剣に考えるべきだと思います。
>第5話「人材も出資者も惹きつける『ストーリーの力』」に続く
>第3話「人の魂の受け皿になるようなロボットを作りたい」に戻る
>GROOVE X公式HPはこちら
著者 小縣 拓馬
起業家向けメディア「ベンチャーナビ」 編集長。玩具会社のタカラトミーを経てDIに参画。ビジネスプロデューサーとして、主に国内ベンチャーへの投資・事業支援・戦略立案を担当。 ~「More than Meets the Eye」 これは玩具会社時代に担当していたトランスフォーマーというシリーズの代表的なコピーです。見た目だけではわからない、物事の本質に焦点を当てること。そんな想いで記事を提供していきたいと思っています。~
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