#人事・組織
「酔うため、売るための酒ではなく、味わう酒を求めて。」をビジョンに掲げ、「獺祭」(だっさい)を国内外へ提供する旭酒造株式会社。同社代表取締役社長 桜井一宏氏に経営者の素養、市場との向き合い方などについて聞いた。(全4話)
経営者自身が海外現地へ行く重要性
ーー貴社の海外展開を振り返ってうまくいった部分や、後輩の経営者の方へアドバイスがあればぜひお伺いしたいと思います。
私が現地に行ったことがすごく大きかったと思います。
私に凄く能力があったという話ではなく、単純に”酒蔵の息子”という、本気で市場を見ようとするメンバーが行ったことが大きかったのだと思っています。
判断がその場でできる権限があるので方向転換をしやすいというのは当然ありますし、酒業界で言うと酒蔵の息子というのは客寄せパンダとして一番都合がいい存在です。飲食店の方にも「あの人が来るならイベントをやってお客様に売れるかもしれない」という計算も成り立っていきます。
もう一つは市場を見られた点も良かったと思います。
経営者が一番市場を見るというのは本当に大事なことだと思います。実際に私たちの業界で海外で上手くいっていない会社は、総じて経営者が市場を見ずに任せてしまっています。
展示会で数年に一回行くけれど、行く前から「せっかく行ったらどこで食べよう」とか「観光はここに行こう」とか旅行気分で、行ってからも卸の方と一緒にゴルフで仲良くなって「よし、これでたくさん売れる」と満足しているパターンが多いんです。
私たちがそんなに能力も高くないのに上手くいったのは、経営者が市場に自分たちで行くことによって「コミットしている」というメッセージを市場に感じていただけたこと、同時に市場を実際に肌で感じることができたことが大きかったと思います。
現在もそれは続けていて、今年は月に3カ国ほど出張を予定しています。
言葉の壁があろうが忙しかろうが、海外進出となると経営者が行く、というのが一番強いですね。
ーー言語という意味だと正直壁ができてしまったりすることもあるかと思いますが、最初からご自身でお話されていたのですか。
全く喋れませんでしたし、その上で通訳の方を雇うお金もありませんでした(笑)。
もちろん私たちが日本酒という説明がしやすく、わかりやすいものを持っていたというのは大きいと思います。その上、特に日本酒を日本系のお店に売るというのが最初のステージでしたので、お店のマネージャーさんは「何とか日本語喋れるよ」というような状況が多かったんですよね。
C向けの話だと、言葉で細かく言わなくても飲んでいただいておいしいよっていう、言葉に詰まったら「カンパーイ」って言っておけば大丈夫みたいな部分もありました(笑)。
通訳をいろいろな時に活用するようになっていて感じるのは、どれだけ腕がよくても意訳してしまうとか省略されてしまう部分があることですね。
大事な部分を削がないためには、簡単な日本語をGoogle翻訳して紙に書いて、見ながらでも構わないので自分で説明しようとすること。
それこそフランスや中国では言葉が喋れないわけで、完璧には分からないけれど本気で話している姿勢を伝える、通訳任せにしないことは大事です。
本気で話を聞いていると「この単語とこの単語が出るということは今この話の流れになっていて、この単語って何かちょっと怪しげな方向へ行ったぞ」とわかる。そして、この資料を見せてみようみたいな横から突っ込むことができる。
特に今はポケトークも進化してきて、何とかなるっていう状況にはなっていますよね。なので、言葉の壁についてはあまり気にしない方がいいと思っています。
「基本給5年で2倍 初任給30万円」の真意
ーー直近ですと初任給を引き上げられるというニュースですとか、今後5年で現在の基本給を倍に近いところまで上げられるとお聞きしました。組織づくりにおいて、大切にされているポイントなどはあるでしょうか。
私たちは伸びてきた酒蔵だと思っているのですが、その中で人が辞めていくのも非常に多かったと思っています。
ただ、私はそれで良かったんだろうなと感じています。ずっと安定して年1%ずつ伸びていく状態というのは、逆に言うとみんなが固定化してしまい新しいチャレンジがしにくくなる状況。
組織はある程度わちゃわちゃしてる方がいいと私は思います。
人間関係に決定的な亀裂を生むとかは当然抑えなきゃいけないと思うんですが、多少不平不満があるとか、あの部署はえこひいきが多いとか、俺とは方向性が違うと言って辞めていくメンバーがいることはあまり恐れない方がいいんじゃないかと思ってます。
ーーその軋轢も良いほうに転がる可能性も十分あるということですね。
実際、「初任給30万円」って少しもろ刃の剣の部分もあると思っています。
一緒に戦うメンバーをコストとして見てものづくりをしていくより、職人としてきちんと大事にしたい、いい人材が入ってきて真剣に取り組んでほしいという意味で上げているわけですが、先ほどの会社から人が入れ変わっていく流動性という面でいくと、そこを引き止める足枷にもなりますよね。
「ずっとこの会社にしがみついておけば、多分給与は上がっていくだろう」という甘えも生まれてしまう。
それこそ今回、新入社員の研修を後ろから見てみまして、グループディスカッションの研修で「理想の会社とは何か、理想の酒蔵は何か」という話で、「会社の福利厚生がしっかりしていて、若手の意見もきめ細やかに聞いてくれて、人に優しい会社」っていう意見があったんです。
「いや、これはいかん。」と思って、その後30分時間をとらせていただき、話をしました。
「そんな風に考えていたら会社としては落ちていく。という事は結果的にみんなに報いることはできなくなる」
「給与を上げて当然みんなの頑張りに報いようと一生懸命やるけれども、それがいい会社というわけではない。」
「給与は基礎条件であって、どんどんみんながいろいろなことを繰り返すことで会社は伸びていく。そのために酒蔵、酒造りを好きになっている状態にならなきゃいけない。会社は好きになってもらう努力はできても、好きになったりモチベーションを生み出すのは結局社員自身。」
という話をさせてもらいました。
初任給を30万円に引き上げることで、応募して来る人材は大きく変わりました。今まではものづくりをしてみたい。と思っていても給与の段階で足切りにされていたのが、給与が上がったことでやってみたいと思ってもらえるようになったんですね。結果的に募集者のレベルも応募数も増えた。
なのでいい部分と悪い部分、両方の軋轢があるなと今感じているところですね。
ーー経営目線から見た時の給与の良いバランスっていうのはどう考えていらっしゃいますか。
給料を上げるって、やはり先行投資の部分があると私は思うんですね。
会社が傾くか傾かないかという計算はすべきですが、ある程度上げることによって採用とかさまざまな物の段階が上げやすくなるというのは事実です。
「給料を上げる分、より厳しく見ていくよ」っていうメッセージが成り立ちますので、そこは一つ先行投資をやることで生涯伸びていくタネをつかむことになります。
会社が成長するためには色々と試行錯誤しながらいいものを作っていく環境を作らなきゃいけないですし、その核になるのはやっぱり人です。
会社の局面によっては設備や広告・ブランディングに対して先行投資しなきゃいけないこともあるでしょう。同じ土俵で人に対する先行投資も取捨選択するしかありません。
ただ総じて人に関する投資は優秀な投資先だと思っています。
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DIMENSION 編集長
「人・事業・組織に向き合い、まっすぐな志が報われる社会を創る」をミッションに、真摯に経営に向き合う起業家に創業期から出資し、事業拡大・上場を支援する国内ベンチャーキャピタル。
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