「ユーザベースTOB・非公開化」の舞台裏、IPOの是非を問う 株式会社ユーザベース 稲垣 裕介Co-CEO(第3話)

経済情報プラットフォーム「SPEEDA」、ソーシャル経済メディア「NewsPicks」などを生み「誰もがビジネスを楽しめる世界」を目指す株式会社ユーザベース 。創業から15年を迎えた同社代表取締役 Co-CEO/CTO 稲垣 裕介氏に起業家の素養、事業シナジーなどについてDIMENSIONビジネスプロデューサーの伊藤 紀行が聞いた。(全4話)

「経営者が育つ」ユーザベースグループの仕組み

ーー現Co-CEOである佐久間 衡さんについて、佐久間さんが担われている役割など是非お伺いできたらと思います。

佐久間について話すと、記憶が曖昧ですが彼が入社してから10年ほど、会社を創業して5年目くらいの入社だったと思います。

当初は役員ではなかった彼が、「SPEEDA」内の一領域に責任を持つようになり、その過程でチームが一度崩壊するなど、マネージャーとして様々な経験も積んできました。

彼が経営者として本格的に力を発揮し始めたのは、株式会社ジャパンベンチャーリサーチ(現・INITIAL事業)の買収、そして「FORCAS」という新規事業の立ち上げと分社化をゼロから作り上げたころです。

買収後のPMIや、事業のゼロ立ち上げと分社化、といったことは起業するのとほぼ同じような困難さがあります。

ここでユーザベース内で経営者が育つスタイルとして挙げられるのが、事業責任者が自分の事業経営メンバー選任や自分たちの運営体制カラーを決める決定権があるという点です。

ユーザベース全体としての大きなミッションと、経済ドメインでやるということさえアラインできていて、バリューの重要性を把握できていれば、例えばグループ会社の株式会社アルファドライブのように、自分達の独自バリューを持っていたりするケースもあります。

バリューを強制することはせず、多様なバリューがあっても良い。プロダクトについても自分で決めることができる。これは経営者として成長する上で大きなポイントだと思います。

佐久間の場合も、製品名を「SPEEDA Sales」と会社に決められてやるのと、「FORCAS Sales」と自分で決めてやったのでは全然違ったと思います。そういった経験を通じて、佐久間は経営者としての経験を一通り積んできました。

次のステップは、ユーザベース全体のグループ経営との接続性を持つことです。グループ経営の視点は、やはりやってみないと分からない。単独の事業に責任を持ちながら全体を見ることは、経営者として異なる能力が必要になります。

当時、私が「SPEEDA」事業のCEOを務めていた中で、佐久間が立ち上げた「FORCAS」「INITIAL」がスケールしてきて、社内のカニバリゼーションをどう統一するかという論点がありました。

会社にとっては非常に大きなセグメントですので、セオリー的には私か梅田が統括する流れなると思うのですが、次のグループ視点を持つ経営者の可能性を最大化させるためにも、佐久間が見た方が未来があるのではと、彼をSaaS全域の責任者として初めて創業者以外の社内取締役に選任しました。

その後、CEOだった梅田が抜ける際、自然と次期グループCEOに手を挙げてくれました。

現在はCo-CEOとして「NewsPicks」などの他の事業も含めグループ全体を私と同程度の解像度で理解し、共同経営しています。

TOBの経緯とその後

ーーカーライル・グループによるTOBへの賛同、非公開化というニュースはスタートアップ業界では衝撃的でした。

新しい挑戦を始める目的で、今回のTOBを実施しています。

経緯の詳細は省きますが、市況が悪化し、いわゆるSaaS事業者の“PSR(売上に対する時価総額の倍率)神話”も崩壊してPER(純利益に対する時価総額の倍率)でしか時価総額が下支えされなくなった。そのために、時価総額、売上、利益を3つ同時に目標達成することが難しくなったことが主な理由です。

利益を出さないといけないのは当然なのですが、利益を重視しすぎると売上成長が停滞してしまう恐れがあります。我々はまだまだこんなところで止まってはいけないし、ユーザーファーストで新しい価値を提供し続けなくてはいけない。

そのために我々は一度潜る(長期視点で先行投資を大きくする)ことを決め、TOB・非公開化に至りました。

TOB当時の時価総額に対して約2倍相当の評価で巨額資金を投入していただいたのはもちろんのこと、私と佐久間に買収後も続けてCEOとして務めることを要求されていることが今回のディールの大きな特徴ですし、非常に感謝しています。

いわゆるPEファンドのイメージは買収後に新しい社長を投入して、というパターンが多いですが、我々の場合は全くそれはありません。

ストックオプションをかなりの金額でメンバーに提供できていたり、我々経営陣の再出資による金額のコミットメントも認めていただいて、限りなく通常の経営状態。その中で一度潜るという経営方針も含めて認めていただいているので、これ以上言うことは何もないほどの条件で挑戦できているのは本当にありがたいことです。

一点TOBによって変わった点があるとすると、今回TOBに至る理由ともなった時価総額・売上・利益を同時に健全に伸ばしていくエクイティストーリー構築の部分。

我々の事業方針にアラインさせた上で、エクイティストーリーを精緻に練り上げていくためのアドバイスやガバナンスの部分で支援をいただいています。

また、カーライル・グループの資本力を活用したM&A機会や先行するグローバルSaaSの知見提供など、自力ではなかなか取りえなかった選択肢もいただいています。

これらは非常に有り難く、新たな挑戦の糧として受け取っています。

今だから言える「スモールIPO」の是非

ーーVCから調達すると小ぶりな事業規模でもIPOを急ぐことになってしまいがちという見方、PEファンドの傘下の方が長期目線で大きく事業を育てるという見方、双方ご経験されているかと思います。その点、どのようにお考えでしょうか?

まず前提として、体感値ではありますが上場前・上場後も株主からの無茶な要求を感じることはありませんでした。

もちろん、株主の期待というプレッシャーはありましたが、どの株主も常に誠実にお話しできましたし、上場したのも投資家からのプレッシャーが理由ではなく、経営の意思としての選択でした。

その上で、私たちも決して大型の上場ではありませんでしたし、御多分に洩れず利益問題(利益創出の市場からのプレッシャー)に直面しました。

SaaS企業には「40%ルール」(売上成長率が40%を超えるなら一定の損失は許容できる)ということが言われたりしますが、日本のマーケット環境では売上100億円くらいを境に、その成長ペースを維持し続けるのは困難なことが多いです。

当然ながらグローバル展開を視野に入れていくことになりますが、そうすると投資が先行し、結果的に利益が下がり、株価も低下する可能性が高くなってしまいます。

ですので事業が小ぶりな状態でも上場する選択肢がある、というのは日本市場ならではの良い点ですが、大きな成長を求める環境としての日本市場上場は難易度が高い、というのが実感値です。数10億円レベルの利益を出せる状態でないと、成長と利益創出、株価向上のコントロールが難しくなっていくと思います。

もう少し具体的にお話しすると、我々はTOB直前に時価総額が290億円くらいまで下がってしまったのですが、その要因は、役職員等を除いた投資家のうち、約2/3ほどを占める機関投資家が株を売却したからではありませんでした。彼らは長期での成長に期待をかけていただいていて、短期的な利益はあまり重要視しないからです。

株価低迷の主要因は、残り約1/3の個人投資家の皆様が、足元の業績・利益を見て手放されるケースが増えたことでした。特に日本では、小さい規模の会社の評価額を下支えするのは利益額である、というマインドが強いです。

ここから言える最も大きなポイントは、上場するまでに成長と利益を両立できるモメンタムを作る重要性です。スモールIPOができるというのは日本ならではの選択肢ですが、そのモメンタムがある状態でないと、成長継続の選択肢が苦しくなっていくのは間違いありません。

また、IPO以外の選択肢、例えばM&AやPEファンドによる長期保有という選択肢が日本でも増えることは大事なことだと思います。

いずれの選択肢にせよ、株価というのは経営者として株主に対する最大のコミットでもあるので、長期的に株価を上げることを前提とした時の戦略、選択肢をどう捉えていくか。

私たちのケーススタディをIPOの一つの失敗例として、日本のスタートアップの教訓に入れていただけるといいなと思っています。

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著者 伊藤紀行

著者 伊藤紀行

DIMENSION Business Producer:早稲田大学政治経済学部卒業、グロービス経営大学院経営学修士課程(MBA, 英語)修了。 株式会社ドリームインキュベータからDIMENSIONファンドMBOに参画、国内のスタートアップへの投資・分析、上場に向けた経営支援等に従事。主な出資支援先はカバー、スローガン、BABY JOB、バイオフィリア、RiceWine、SISI、400F、グローバ、Brandit、他 全十数社。 ビジネススクールにて、「ベンチャー戦略プラン二ング」「ビジネス・アナリティクス」等も担当。 著書に、「スタートアップ―起業の実践論 ~ベンチャーキャピタリストが紐解く 成功の原則」

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