【イベントレポート:起業セミナー】スタートアップ企業の現状と課題 PIVOT 佐々木紀彦CEO(第2話)

2024年1月24日、書籍『スタートアップ――起業の実践論 ~ベンチャーキャピタリストが紐解く 成功の原則』著者であり、DIMENSIONビジネスプロデューサーの伊藤紀行と、『東洋経済オンライン』『NewsPicks』など、時代の先端をいくメディアの創設に携わり、現在PIVOT株式会社 代表取締役社長CEOを勤める佐々木紀彦氏による、対談セミナーを日鉄興和不動産、住友生命、大林組の主催の下、開催した。当日は起業、新事業創出における課題発見などについて、トークセッションや公開質疑を行った。本稿では、本イベントの内容を一部レポートする。(全2話)

スタートアップの課題①:スモールワールドで“大人”がいない

ーー伊藤:東洋経済新報社から株式会社ユーザベースに転職された後、特に大変だったご経験はございましたか。

佐々木:創業者の梅田さんがアメリカの会社(Quartz(クオーツ))を90億円で買収したことが印象的でした。

今振り返るとその決断は失敗だったかもしれませんが、当時は私もワクワクしていて、ずっと高揚していました。

ある種のスモールワールドの興奮空間にいるという感覚。

それが日本のスタートアップの醍醐味であり、一方で弱みでもあると思います。狭い世界の中で閉じていて、井の中の蛙になりやすい構造がある。そして、スタートアップには大人がいない、と感じます。

スタートアップは大きな企業とは違い、経験の蓄積を元にしたアドバイスを得ることが難しいです。

世の中には無謀なチャレンジが無数にあって、“大人”がいればそれは防ぐこともできるはず。最近は投資家などがスタートアップ界隈に入ってきて、アドバイスを得る環境が整ってきたと思いますが、当時はそこが未熟だったんだと思います。

ーー伊藤:佐々木CEOからは、スタートアップ業界が成長途上であると見えている、ということでしょうか。

佐々木:はい、その通りです。

日本のスタートアップの経営者は、同世代やスタートアップ業界の人々に相談することが多いですが、その範囲のアドバイスではアドバイスの幅も限られてしまいます。

アメリカですと、Googleにはエリック・シュミットがいらっしゃるし、投資家の中にも幅広い経験を持っている方々がいます。彼らからのアドバイスで、事業の方向性を修正し、規模を拡大していっております。

今後の日本のスタートアップ業界でも、そのような経験豊富な方々が加わると思います。

スタートアップに参画を考えている方々にとって、今が良いタイミングだと感じています。次の10年が最も面白いかもしれませんね。

スタートアップの課題②:日本のスタートアップには循環がない。“島宇宙”をつなぐ機能を。

ーー伊藤:スタートアップの社長になって変化を感じた部分はございますか。

佐々木:NewsPicksの時代には、数字を見るなどの経営面を全て創業者の梅田さんに任せ、私はコンテンツの制作に集中する、という形でタッグを組んでいました。

それがスタートアップの社長になったことで、数字を作り出すこと、カルチャーを作ること、採用なども行うようになり、仕事がより面白くなったと感じています。

自分が動かせる範囲がどんどん増えてきて、コンテンツとビジネスを繋げることで生まれる価値が沢山あることに気づきました。

「なぜ今までやってこなかったんだろう」と思うくらい、良いことばかりだったと思います。

日本のコンテンツ業界では、コンテンツを作る人はビジネスにあまり関わらない方が良いという伝統があります。

その常識に捉われていた自分を反省しましたし、私だけでなくビジネスとコンテンツの連携から生まれる価値を見逃してきた人々が多いと感じました。これが日本のコンテンツ業界の現状だと思います。

 

ーー伊藤:職人的に良いものを作るという考え方から少しマインドが変わってきたという感じでしょうか。

佐々木:そうですね。

実際、アメリカではコンテンツ産業を含む多くの産業が繁栄しており、それは三つの「島」が融合しているからと言われています。

一つ目はウォールストリート、金融のプロが集まるエリート集団です。

二つ目はシリコンバレー、テクノロジーのエリート達が集まる集団です。

三つ目はハリウッド、ロサンゼルスのコンテンツや文化で稼ぐ人たちです。

これら三つの「島」が相互に交流しています。

ウォールストリートで成功を収めた人がGoogleのCFOになったり、スティーブ・ジョブズのようにシリコンバレーで成功を収めた人がPIXARに参加したりしています。この循環により、非常に大きな価値が生まれています。

しかし、これは日本では見られません。

金融、コンテンツ、テクノロジーは融合すべきです。東京にはそうした人々が集まっているので、理論的には可能です。しかし、現状は「島宇宙」のように分断されています。

日本人は小さな「島宇宙」で生活し、これらの島宇宙をつなげる機能が欠けています。これが日本のイノベーションを阻害していると思われます。

この状況を変えるためには、もっと多くの人々が転職するべきです。

転職すれば、その島宇宙から出て、2つ、あるいは3つの島宇宙を知る人が出てくるでしょう。それだけで、日本の経済界は大きく変わってくると思います。

スタートアップの課題③:多様性を盲目的に追うと組織は崩壊する

ーー伊藤:組織づくりについて、「初期の頃は多様性がそれほど必要ではないかもしれない」と以前おっしゃっていましたよね。

佐々木:それは多様性の定義次第です。

つまり、それが文化的な多様性なのか、性別の多様性なのか、年齢の多様性なのか、専門分野の多様性なのかということによります。多様性ブームの中、「とにかく多様な人々がいれば良い」となると、組織は崩壊します。

 

ーー伊藤:例えば、9時から5時で働く、ワークライフバランスを重視したいという人を、事業の初期段階での5人や10人のメンバーの時は避けた方がいいという意味もありますか。

佐々木:価値観やカルチャーが合うかどうかが重要だと思います。

例えば、メールの返信を早くするとか、そのスピードをどれだけ意識する人なのかとか。

我々は「ストロングカルチャーの下でのダイバーシティ」と謳っているのですが、そのストロングカルチャーが一致するかどうかは非常に重要視しています。

9時から5時の間で働くというのも、また1つのカルチャーですよね。

そういう文化が好きな人たちが集まると機能すると思いますし、その時間でも最高の生産性を出すのであれば、問題はないと思います。

しかし、我々のようなコンテンツ業では、定められた時間に働くということ自体が合わない業種です。飲みながらアイデアが浮かぶかもしれないし、お風呂に入っていると面白い話が浮かぶかもしれないし、夜にコンテンツを作ることもあるかもしれない。業種によりますね。

だから、自身のカルチャーを、最初からしっかりと言語化し意識していた方が、組織の崩壊は避けられると思います。

スタートアップの課題④:組織が若すぎることの弊害

ーー伊藤:組織づくりについて、事業を立ち上げる方向けのアドバイスはございますか。

佐々木:最初のメンバーで組織のカルチャーは決まると思います。

徹底的にカルチャーが合う人、勝てるメンバーを集めること、若い方ばかり集めないことが重要です。

日本のスタートアップの過ちの一つは「若い人ばかりを集めてしまう」ことだと感じています。

私たちの会社は、最初はほとんど20代を採用していませんでしたし、平均年齢は30代後半で、スタートアップとしては平均年齢が高めです。

若さはエネルギーとパッションをもたらしますし、テクノロジーの面では若い方が吸収しやすいです。

ただ、組織には人をまとめる力も必要で、年功序列が残っている日本では、ビジネスの中で誰かを束ねる経験を持っている20代の人は少ないのではないかと思います。

また、大企業の人たちとの関わり方を理解していないスタートアップの人が多いとも感じています。

どういう装いをするべきか、どのように話すべきか、どのような礼儀を守るべきか。それを身につけるには経験が必要ですし、大企業の人に心地よく接することができるスタートアップの人でなければ、ビジネスは伸びないと思います。

話題が合わないことも課題となると思っています。例えば、売り込む相手の意思決定者が50代の方だと、20代の人が話題を盛り上げるのは難しいでしょう。

これらを踏まえて、スタートアップでは様々な引き出しを持つ人々を集めることが大切だと思います。

サントリーホールディングス株式会社の新浪さんがインタビューで言っていたように、ベテラン(老)、中年(壮)、若者(青)、この3つのバランスが取れている組織が理想的で、このバランスをどう上手く作れるかが、起業家や経営陣の手腕だと思います。

成功するために必要な要素①:大企業からスタートアップへの転職が成功する条件

ーー伊藤:130年程の伝統ある会社から、まだ設立して10年も経っていない成長途中の会社へ転職し、「NewsPicks」編集長として活躍されました。転職が成功した理由は何だったのでしょうか。

佐々木:何らかのウォーミングアップがあれば、キャリア転換は成功しやすいと思います。

大企業1社でしか経験を積んでいない状態で、いきなりスタートアップに転職するのは、非常に慎重になるべきです。

ただ、それでも成功する人にはいくつかの条件があります。

一つは、大企業の中で出向経験をしていること。外の世界を経験し、他の文化などを吸収することで、新しい環境に適応しやすくなります。

もう一つは、大企業の中でもデジタル部門など新規事業を担当していること。

私自身も、この転職が比較的うまくいった理由の一つは、「東洋経済オンライン」というデジタル事業を社内で2年間経験したからだと思っています。

紙とデジタルでは、スピード感も文化も全く違います。

紙の世界では、“ミスが許されないため何度も練り直し、出すまでに時間をかける”という文化があります。それに対して、デジタルは出した後で修正することも可能です。すなわち、”紙ほどクオリティにあえてこだわらない”という風潮があります。

たとえば、紙の世界だけを知っている人は、クオリティのために一生懸命になりすぎて、それがデジタルの世界とは合わない場合があります。

大企業からスタートアップに転職する場合、何らかのウォーミングアップがなければ、私の経験から見て、8〜9割の確率で失敗する可能性があります。失敗というのは、適応期間が必要になるという意味です。

 

ーー伊藤:マインドだけでなく、「リソースが整っていない状況でも最後までやり遂げる力」など、仕事の進め方なども求められるということでしょうか。

佐々木:その点が重要になると思います。スタートアップはやることがどんどん変わりますから、スキルセットよりもマインドセットの方が重要。

例えば、「自分は経理のプロだ」と言っても、経理には様々な分野が存在しますし、大企業は分野が細分化される傾向がありますから、ただ一つの部分に特化していた経験だけでは、十分でないかもしれません。

それを自身が学びながら変わっていき、カオスの中で進めることは、言葉にする以上に変化が激しいと言えます。

それはまるで、先進国から発展途上国に行くようなもの。そのカオスに耐えることができるかだと思います。

特に日本の大企業は整った環境が多いため、スタートアップに入った時のギャップが大きくなり、疲れる人が多いと思います。

だからこそウォーミングアップが必要で、どういうスタートアップに行くかをよく考えるべきです。

成功するために必要な要素②:「知の筋トレ」によって、これからの時代も楽しく生きていくことができる

ーー伊藤:佐々木CEOは記者をされていましたが、事業を始める前からビジネスのスキルが高かったのでしょうか。

佐々木:ビジネスに関するスキルは起業してから上がりました。

経営者としての立場に立たない限り、経営に関するスキルは机上の空論に過ぎないと感じています。

例えば、起業前に多くの本を読みましたが、内容はほとんど覚えていません。しかし、実際に直面した経営の問題に対して参考にした本の内容は、ほぼすべて覚えています。

知識のために読んだ本というのは、ほとんど意味のないケースが往々にしてあると自身の体験から感じました。

そのため、まだビジネスを始めていない学生がビジネス本を読むのは時間の無駄になってしまうかもしれません。実際に打席に立ちながら学ぶことが最も有益だと考えています。

 

ーー伊藤:ビジネス映像メディア「PIVOT」も手掛けていらっしゃいますが、どのようにしたらビジネスパーソンとしての力を高めることができるか教えていただけますか。

佐々木:一つの分野を深く掘る経験をすることが良いと思います。

私の処女作である『米国製エリートは本当にすごいのか?』では、私が留学した経験や、その後のリサーチを通じて、アメリカのエリート教育と日本のエリート教育の違いを探求しました。

私は「知の1000本ノック」と呼んでいるのですが、アメリカの学生は大学の4年間や大学院の2年間で、何度も堅い本を読み、レポートを書き、教授と議論し、プレゼンテーションを行い、きわめて濃密なインプットとアウトプットを繰り返します。

それをしっかり経験し、筋肉を作れば、その筋力は全分野に応用でき、新しい流れにも対応できる。

早いうちに「知の筋トレ」を行うことで、これからの時代も楽しく生きていくことができると思います。

 

ーー伊藤:以前は学ぶ媒体は本が主流だったと思いますが、今は「PIVOT」を含め動画も増えていますよね。どのように学びを深めるべきでしょうか。

佐々木:本は内容が濃いので、これからの時代も有効な学習手段だと思います。

ただ、私はビジネス書に関しては少し懐疑的です。

他の学術分野や政治、科学などに比べ、ビジネスの場合、最も優秀な人が忙しすぎたり最先端の情報を共有する必要性がないことから、最新の話題が出てこないと思うんですね。

そのため、ビジネスに関しては他の媒体が有効だと思います。

日本経済新聞やPIVOTのような動画コンテンツも良いですが、今英語圏を見て一番濃い情報があるのはポッドキャストです。

そのため、英語のポッドキャストを聴く習慣をつけるのをおすすめします。

情報量が圧倒的に増えますし、バリエーションが多く、自分の業界の最先端の人の話を聞くことができます。日本でビジネスをするにも活きますし、世界でビジネスをする際にも共通の話題が増えます。

フィナンシャル・タイムズやニューヨーク・タイムズなど無料で聞けるPodcastもありますし、このような英語のコンテンツをおすすめします。

 

ーー伊藤:まとめると、シャワーのように英語のコンテンツをたくさん聞くこと、そして、PIVOTの視聴もおすすめするということでしょうか。

佐々木:そうですね(笑)。

ジムに行きながら、通勤しながら、2倍速でも聴くような習慣をつけていただくだけでも、大きな変化が起こると思います。

 

ーー伊藤:本日はありがとうございました。皆さんぜひ、PIVOTの動画を視聴されてみてください!

 

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著者 伊藤紀行

著者 伊藤紀行

DIMENSION Business Producer:早稲田大学政治経済学部卒業、グロービス経営大学院経営学修士課程(MBA, 英語)修了。 株式会社ドリームインキュベータからDIMENSIONファンドMBOに参画、国内のスタートアップへの投資・分析、上場に向けた経営支援等に従事。主な出資支援先はカバー、スローガン、BABY JOB、バイオフィリア、RiceWine、SISI、400F、グローバ、Brandit、他 全十数社。 ビジネススクールにて、「ベンチャー戦略プラン二ング」「ビジネス・アナリティクス」等も担当。 著書に、「スタートアップ―起業の実践論 ~ベンチャーキャピタリストが紐解く 成功の原則」

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